【私のキャリアの転機と決断】~リクルートを45歳で退職し、東京電力へ入社したこと~

~リクルートを45歳で退職し、東京電力へ入社したこと~

◆笹尾 佳子さん

1984年、法政大学法学部法律学科卒業、株式会社リクルート入社。「就職情報」「とらばーゆ」「じゃらん」「ゼクシィ」などの営業を経て、2000年、株式会社リクルートスタッフィングで新規ビジネスである営業アウトソーシング事業の立ち上げにかかわり、4期で100億円ビジネス規模に成長させる。2004年、リクルートスタッフィングでナンバー1の部長と部を表彰する、最優秀経営者賞および最優秀ユニット賞受賞。

2006年、東京電力株式会社に転職し、キャリアライズ、TEPCOコールアドバンスの非常勤役員を経て、2007年11月、東京電力の子会社で介護事業を行う東電パートナーズ株式会社に常勤取締役として経営再建に入り、20億円の赤字会社を2年で黒字化させる。2012年7月から同社代表取締役を務める。

2015年6月より、株式会社レオパレス21社外取締役。中小企業診断士

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

45歳でリクルートを辞めて、東京電力に転職したことです。リクルートの最後の5年間は関連会社で営業アウトソーシング事業を立ち上げました。業績も良く、最後の一年間は、部内で一番高い売上と利益を出し、最優秀経営者賞や最優秀ユニット賞などをもらい、女性の営業管理職としてメディアにも出るようになりました。しかし、その事業を始める際に後ろ盾だった社長が退任し、後任の社長が着任したことにより、経営方針が変わり、これ以上この事業を成長させることが難しくなりました。そのため、リクルートを退職し、営業コンサルティング会社を設立しようと思うようになりました。そのときに、ミスミグループの三枝匡氏の企業再建の本を読み、内容に非常に感激をして、会社をまるごと変えてみたい欲求にかられました。企業再建について調べましたが、企業再建をする人たちのバックグラウンドはMBAホルダーだったり、外資系のコンサルタントのパートナーや、弁護士だったりするわけです。営業と営業マネジメントしか経験がない私には、やりたいと思ってもやらせてくれる企業がありません。しかし自分の仕事人生の最後の仕事として、どうしても企業再建がやりたいと思い、いろいろ企業を探したところ、東京電力で、新規事業の関連会社の管理と経営幹部の募集を見つけて、応募したのがきっかけです。

■最初は独立しようと思われたわけですが、東京電力に転職するまでの悩まれた期間はどのくらいで、どのようなことをしていましたが。

1年から1年半の間悩んでいました。その間は、本を読んだり、いろいろな人の話は聞いたりしましたが、結局は自分の心の中の声を聞くしかないと思いました。自分の心を揺るがす何かがないとなかなか行動できません。

■心を揺るがしてまるごと企業を変えたいと思ったのはどのようなことがきっかけでしょうか?

まるごと変えたいと思ったのは初めてです。自分の担当する組織に対して、自分が担当するならばこうあるべきだとイメージは明確にもっているのですが、あくまでも経営の方向性を判断するのは会社のトップであり、時として自分の考え方と全く違うこともあります。ですから経営者となり、50歳までには自分の理想とする会社を作りたいと考えました。

■どうして組織のトップになりたいと思ったのですか。


最初からトップになりたいと思っていたのではありません。30代のときには、マネジメントの面白さと魅力に取り憑かれていました。しかし、自分の限られたマネジメント手法だけだと、ある時は成功したり、あるときは失敗したりします。自分が関わった組織はある一定以上の業績を挙げたいと思いました。上司は部下を選べますが、部下は上司を選べません。せっかくご縁があって一緒に仕事をしていますので、悪い業績だと申し訳ないと思いました。そこで、一定以上のマネジメント手法を学ぶためにビジネススクールに通い、リーダーシップ論などを学びながら、マネジメント業務を行いました。トップになりたいと思ったのは、自分が正しいと思うやり方が出来るようになるためには、トップになることが必要だと感じたからです。意見は沢山あるなかで、それぞれ正しい意見だとしても、最終的な意見を決めるのはトップです。組織の理論として、下の人はその意見に従わなければなりません。リクルートでは自分の立ち上げた事業が、経営者の判断で継続することができなくなりましたので、自分が近い将来、よい経営者になる決意をしてリクルートを退職しました。

■重要な決断が出来るようになるために大切なことはなんでしょうか。

今の自分自身の全てを受け入れて前に進むことだと思います。私は、よいところも少しはあるのですが、欠点もたくさんあり、かつ、エリートではありませんし、無い物ねだりしても仕方ありません。30代のときから、マネジメント研修の中でメンバーに伝えている私のマネジメントの考えのベースになるもので、私がかってに考えた【金ぺいとう理論】というものがあります。金ぺいとうには角がありますが、組織はその金ぺいとうがたくさん集まって出来ているものだとイメージしてください。組織を動かすときに、日本人の場合はまずは、角を削って丸くして、つまり、欠点やミスをなくすことに注力して、小さく回しているように感じます。しかし、その角を磨いていきながら、たとえでこぼこの穴があっても、大きく回したほうが組織としてエネルギッシュで革新が起きるのではないかと思っているのです。人間良いところも悪いところもあります。悪いところを直すよりも、良いところを磨いたほうが絶対良いと思っています。また、サラリーマン人生は敗者復活戦があまりないと感じています。失敗は自分の責任ですが、死ぬわけではありませんので、失敗を恐れずに行動することが大事だと思います。

■いつからこのような考え方になったのですか。

もともと後ろ向きでの性質ではありませんが、30代の頃に、日経新聞に掲載されたマッキンゼーの求人広告の中にあった「自分のキャリアは自分でデザインする」というキャッチフレーズを見て、意識が大きく変わりました。20代はがむしゃらに走っていましたが、そのキャッチフレーズに衝撃を覚え、自分のキャリアを考えるようになりました。その頃から、自分の人生を振り返り、行ってきたことを論文にまとめたり、必要な勉強や、資格取得をしていました。例えば、仕事で経営者と対等に話をするために、中小企業診断士の資格をとったり、営業アウトソーシングの仕事を極めるために、大学に行き経営学(専門はマーケティング・研究領域は営業)を学んだりしました。

■これからの若い女性たちが、自分でチャンスを掴み、前に進むために重要なことはどのようなことでしょうか。

悩むことも大切ですが、強い意志を持ってエネルギッシュに行動することが重要だと思います。真剣に動けば必ず誰かが助けてくれますし、新しいことをしていると誰かが引き上げてくれます。

■行動するための勇気はどこから来るのでしょうか。

私は、世の中を変えたいという気持ちが強く、そのために生きています。自分のやりたいことがあったら、必要なアクションプランを書き出し、そのアクションプランを全て行い、行動の振り返りをすることが必要です。物事には起承転結が必要です。30代のころに、自分が掲げたミッションで成果が出せなく、企業からクレームになり出入り禁止になったのですが、2~3年かけてその企業を訪問し続け、取引再開にこぎつけることができました。

■苦しい時や落ち込んだ時に、どのように自分を前向きな気持ちに持っていくのですか。

ストレス耐性は高いと思います。バッシングも多かったので、かなしいかなだんだん強くなったのだと思います。

■最後に後輩の女性達へアドバイスお願いします。

日本の女性にはライフイベントの負荷がかかりますが、細くても良いので長くキャリアを続けてほしいと思います。女性にはしなやかに、したたかに、賢く働き続けて欲しいと思います。ライフイベントも仕事に活かして、それも含めてキャリアです。ぜひキャリアを長く続けて欲しいと思います。

 

キャリアを何が何でも続ける方法を考え、そして、キャリアを続けることはとても大事だと思います。金ぺいとう理論、起承転結のお話は、後輩への力強いメッセージです。本日はどうもありがとうございました。

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