【インタビューコラム開始の背景】


ハーモニーレジデンス代表の日月(たちもり)福井 真紀子です。

この度、新しくキャリア女性のインタビューコラムを開始した背景を記載させて頂きます。

お陰様で、優秀な女性人財の転職サポート、人財紹介を開始して10年になります。通算で4000名以上のキャリア女性との面談を通し、職種、業界、年齢、国籍、学歴の違いを超えた【素晴らしいキャリアを築いた女性たちの共通点】を数々発見して参りました。

興味深いことに、キャリアで成功されている女性たちの多くは、【ポシティブ思考】【好奇心が旺盛】【常識にとらわれない】【責任感が強い】【他人や状況を理由に言い訳をしない】【成長意欲が高い】【視野が広い】【チャンスを自分から切り開く】【受身ではなく主体的】【自分に正直で直感力が高い】などの資質を共通して持っていらっしゃいます。

このような女性たちも、職場における性別の壁や、様々なライフイベントを経験していらっしゃいます。それでも彼女たちが素晴らしいキャリアを積んでこられたのは、上に挙げたような資質をもって、真剣に仕事と向き合ってきたからではないでしょうか。

本インタビュー記事は、女性専門で人財をご紹介してきた弊社による、キャリア女性の貴重な『転機と決断』の経験談をつづったものです。このような先輩キャリア女性の生の声が、これからキャリアを切り拓く女性たちにとって、何かしらの形でご参考になれば嬉しいです。

優秀な女性人財は、現在主流の、性別、年齢、学歴といった表面的な情報に基づいた採用ではなく、本質的な要素やスキル、人間性などに着目していけば、数多く採用可能となります。このように採用の基準を変えていけば、多くの女性たちが管理職として活躍可能となります。

グローバル化が益々加速し、年齢、性別、学歴、国籍問わず、本質的要素を重視した真の実力時代の到来が目前に迫っています。そのような完全競争時代は、優秀な女性が活躍できる機会は拡大して行きます。

そのような意味でも、将来のキャリア女性だけでなく、企業の方、採用側の方にも、是非インタビュー記事を読んでいただき、優秀な女性管理職の採用基準の1つとして、ご参考になれば幸いです。
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Hello, I’m Makiko Tachimori (Fukui). Thank you for visiting our website.

Here, I’d like to explain the reason why we opened this new page specifically to introduce interviews with career women.

Since I started this business of introducing competent women to companies ten years ago, I have found common characteristics that are shared by women succeeding in their career development, regardless of their differences in career and personal background (e.g. kinds of jobs, industries, age, nationality or education), through interviews with over 4000 working women.

Those shared characteristics are: positive thinking, curiosity, strong sense of responsibility (not shifting the blame to other coworkers or situation), motivation to learn, wide perspectives, eagerness to obtain opportunities, pro-activeness and good intuition.

These successful women, however, have also experienced personal life events such as marriage or childbirth, and gender gap, which have hindered them from developing, and even continuing their career. Nevertheless, they were able to overcome these obstacles because of their traits described above – because of their enormous effort and professionalism.

The interview articles below illustrate the stories of “turning-point and decision” of successful career woman. I strongly hope that their voices will give future career women insights and encouragement for developing future career.

I also would like those who hire human resources to read the articles, which will definitely show that there are many people who could be successful at work regardless of their gender, age or educational background. This means that hiring people based on personalities, practical skills and essential qualities rather than age/gender/education will enable firms to find more and better human resources, and that more women can work in higher positions (e.g. managers, board members).

In addition, in the face of globalization, I believe that Japan is also going into the age of perfect competitiveness that takes skills of human resources more into consideration. This is another reason why I hope HR members to read the interviews with the women, which could help them to rethink and modify criteria and process of hiring people for the better.

【私のキャリアの転機と決断】~銀行の窓口業務から内部監査へキャリアチェンジ~

◆中野 直美さん

大学をご卒業後、外資系大手金融機関へご入社後、窓口業務、預金業務を経て内部監査部でキャリアを築かれ、現在外資系証券会社のJapan内部監査ヘッドとしてご活躍中です。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■ご自身のキャリアの中での1番の転機は何だったでしょうか?

新卒で入社した会社では、業務部に配属され、当初は窓口業務を行っていましたが、マタニティーリーブで復帰した際に配属された預金関連業務の部署で、内部監査部長に声をかけていただき、内部監査部に移ったことがこのキャリアを続けていく一番の転機になりました。

■そのあたりを深くお聞かせいただきたいのですが、窓口業務ということは総合職ではなかったのでしょうか。

総合職として入社しましたが、配属先は新入社員が人事部の方と面接をした結果、一番それぞれの適正に向いていると判断されたところに配属されました。外資系でしたので、大卒、短大卒関係なく、配属先も窓口、融資部、為替業務などすべてフラットな目線で配属されました。私の場合は総合職で入社しましたが、窓口業務に配属されたということです。そこで業務を5年間行い、その後マタニティーリーブを半年取り、業務部の預金関連業務に復帰しました。両親は共に近くにおりませんでしたので、保育園とベビーシッターの両方を利用して仕事を継続しました。

■育児との両立は大変なことだったと思いますが、仕事を復帰するにあたり、中野さんとしてはキャリアについて、どのような目標がありましたか?

専業主婦としてではなく、常に働きながら社会と繋がっていたいという思いがありましたので、なんとか家庭と両立はできないかと、夫や周囲の方たちとも相談をして、お互いに協力しながらキャリアを継続していこうと決めました。

■出産をしても家庭と両立をして、キャリアを継続するというしっかりとした目標があったのですね。マタニティーリーブ後に内部監査部長から声がかかったということですが、何かきっかけがあったのでしょうか?

自分は全く内部監査部に行きたいという思いはなかったのですが、窓口や預金業務での私の対応を見た内部監査部長が、内部監査に向いているのではないかということで声を掛けてくださいました。ただ単に窓口や預金業務をするのではなく、それに関連する外国為替関連法令の知識を身に付けるために勉強をしていましたので、内部監査部等からの質問があっても業務プロセスだけでなく、背景のバックグラウンドまで説明することができました。その様子を見ていた内部監査部長が内部監査の人員が足りなくなった時に、私が適材ではないかと考えてくださったようです。

■それは素晴らしいですね。今のお話はとても参考になります。日ごろから努力している人は誰かの目に留まるということですね。相当な努力をされたことと思います。具体的にはどのように勉強されたのでしょうか?

新入行員で入社した時から、銀行業務は法令遵守が大切だと認識していました。銀行法や当時の証券取引法などの基礎知識はありましたので、さらにその基礎知識を掘下げるために、その当時やっていた通信教育のテキストを常に復習したり、法令関連の書籍を買ったりして、知識を深める努力をしていました。

■他の窓口業務の方はそこまで掘り下げて取り組まない所、中野さんは常に大きな視野をもたれて、業務に取り組まれているからこそ、それらの知識が必要であったと考えられたのでしょうね。大変参考になります。次のステップですが、内部監査のキャリアをスタートされて、しばらくキャリアを積まれた後、セクションヘッドまでされたということですね。そのあと、同じグループ会社の証券会社へ転職をされていますね。この時の転機についてお聞かせください。

行内のコスト削減により、内部監査が縮小され人員削減が行われたのですが、最終的に私が最後まで内部監査部に残り、その後一人セクションヘッドとしてその部署をマネジメントしていました。それは東京支店としての内部監査だったのですが、アメリカ本部には別途本店直属の内部監査部があり、そこに移れるかどうかという転機が来ました。アメリカ本部の内部監査部のメンバーを探している時に、私も候補者として名前が挙がり、最終的に採用が決まり、本部の内部監査部に異動することになりました。本部に移ったことにより日本だけでなくアジアパシフィック全体の業務にかかわることが出来ました。

■その時、お子さんは何歳だったのですか。そしてその時期はどのように子育てと両立されたのでしょうか?

子供は7歳でした。まだ子供が保育園の時には、子供の具合が悪くなると、すぐ保育園から呼び出しがありました。直属の上司は女性でしたが、会社を早退しなければならないことなどで、迷惑をかけてしまったということもあり、急な事態にも対処できるように日ごろから仕事を先に先に進める努力をしていました。また、良いベビーシッターとの関係を築いていく努力をしました。そのおかげで子供が病気の時にも安心して預けることができました。ご両親がそばにいない方にとって、ベビーシッターとの関係はとても大事になってくると思います。

■本当にその通りですね。ベビーシッターとの関係は二人三脚だと思います。その当時、周りに同じような状況の女性があまりいなかったと思いますが、どのように乗り切られたのでしょうか?

同じ部署にはいませんでしたが、他部署には二人ほど、子育てと両立しながらキャリアを築いている女性の先輩がいましたので、アドバイスをもらったり、悩みを相談することができました。

■中野さんの常に前向きで、あきらめないでチャレンジングな姿勢はとても参考になります。このような姿勢の裏には、どんな思いがあったのでしょうか?

その当時は、新しいことに挑戦することに恐れを感じることなく臨んでいくことができました。普段慣れていることを続けていくのではなく、いろいろなことを学びたいという意欲がとても旺盛で、新しいことをどんどんチャレンジしていきたいという思いがとても強かったです。そのための努力は苦労だと思わずに挑んでいけました。

■中野さんは小さいころからそのようなご性格だったのでしょうか?

小さいころから男の子と一緒に外で遊んでいましたし、スポーツも積極的にやっていました。枠にとらわれることなく、新たなことに挑戦することは好きだったように思います。

■チャレンジャーでいらっしゃったのですね。だから、どんどん前を切り開いてキャリアアップされたのですね。そうは言っても、長いキャリアの中で様々な方々がいて、いろいろな困難もあって前に進むことができなかったこともあったと推測します。そのような時は、どのように自分の気持ちを切り替えてバランスを図ったのでしょうか。

やはりいろいろな苦労はありました。ほかの部署の方々との関係や、直属の上司と仕事をしていく中で、自分が苦しい思いをしたり、打ちひしがれてどうやって前に進んでいけばよいのか悩んだことは多々ありました。その時に、どうやってプレッシャーをマネージしていくのかがポイントになりましたが、一つは親友に話をして分かちあってもらうことでプレッシャーや不安な気持ちを緩和していました。もう一つは今も続けているスポーツですね。週一回テニスをしてモヤモヤを吹っ切ることができました。どうにもならない時もあるのですが、「なんとかなる」と自分に言い聞かせることができました。

■中野さんはずっとリーダーとしてのご経験も豊富でいらっしゃるのですが、最近の業務の中でマネジメントリーダーシップを発揮するうえで、難しいと思われることはどのような事でしょうか?

ずっと思っていることではありますが、様々な個性を持ったチームメンバーがいますので、チームメンバーを如何に動機付けして、彼らが働きやすい環境で、一番業績を上げてくれるような状況に持っていけるかということが、チームマネジメントをする上で、チャレンジングだと思っています。それぞれに思いがあるので、全員を100%満足させることは難しいのですが、内部監査部として業績を出さなければなりません。目標だけ掲げてもワークライフバランスの観点から問題も出てくると思うので、一致団結して目標に向かうにはどうしたらよいか、さまざまなミーティングでの対話を通して各個人の思いを吸収して、チームとしてのより良いアクションを起こすというところで試行錯誤しています。

■本当に難しいところだと思います。働き方改革、ワークライフバランスといった、20~30年前の働き方と違うことが求められ、成果を出さなければならないという立場でいらっしゃいますが、どのようにバランスをとっていこうと思われますか。

グループ全体の目標がありますので、その目標がリーズナブルな範囲であることを理解してもらうことが大事だと思います。年内にどのくらいの、品質を伴った内部監査を行わなければならないのか、その背景にある計画決定プロセスについて説明し、ワークライフバランスを考えた上で十分リーズナブルな予算に基づいて立てた計画であることを理解してもらうことが大事だと思います。

■中野さんがリーダーとして若い方をご覧になって、男性と女性では仕事に対する動機づけの違いがあるとお感じになられますか?

男性、女性というよりは、個人の仕事に対する考え方に対して動機づけをしています。大きく分けると、仕事に対して制限をしている方と、プロアクティブに「Can do」の考え方をしている人の2つのタイプの方がいると思います。仕事に制限を掛けている人をどうしたら「Can do」に変えていくかというマインドセットを変えるところに苦労しています。経験を積み、年齢を重ねた方の考え方を変えていくのは難しいこともありますが、職責に応じた期待を理解してもらうことが重要だと思います。仕事のやりがいを伝えることで「Can do」になってもらうよう、モチベーション付けを行うように努力していますが、なかなか難しいですね。

■リーダーとして、本当に難しい仕事ですね。最後に、今まさにキャリアを築いていこうとしている女性たちへアドバイスをよろしくお願いします。

3つのポイントがあるとかんがえています。1つ目は、自分がやっている仕事に対しての取り組み方です。ただ目の前の仕事をこなすのではなく、大きな視野で取り組むことが大事です。全体像を把握して、今の自分の仕事の位置づけを絶えず考えながら仕事に取り組むと、本当の実力がつくと思います。2つ目は、人脈がとても大切であるということです。私がここまでのキャリアを築くことができたのも、上司が自分を引っ張って行ってくれたおかげです。自分が新たなキャリアを拡大していく上でも大きな助けになりました。最後に、どんな立場になっても驕らず、周りに対する方々への感謝、メンバーに対しての感謝を忘れず、常に謙遜した態度をもって人と接することが大事だと思います。

素晴らしいアドバイスをどうもありがとうございました。たくさんの若い女性たちへ読んでいただきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】~理系から金融業界へ、そしてさらに日系から外資系への転職~

◆津金 真理子さん

お茶の水女子大学理学部をご卒業後、英国の大学院をご卒業されました。日本のシステム関連企業を経て、金融業界へ転職、大手日系及び外資系の金融業界でキャリアを積まれ、現在は公益財団法人の理事としてご活躍中でいらっしゃいます。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■ご自身のキャリアの中での1番の転機は何だったでしょうか?

大きな転機は2つあったように思います。まず1つ目は業界を変え、金融業界に入ったこと、2つ目は日系から外資系企業に転職したことです。私は大学、大学院で理系の専門分野を学び、その知識を活かしてシステム業界に就職しました。ある日、たまたま入った本屋で偶然手に取った理系向け就職雑誌で金融特集を掲載していました。後に理系の人たちが金融業界に転職するきっかけとなった雑誌でした。自分のような理系の人間でも金融業界で活躍できる場所があるのだと思えたのが最初です。記事のキャッチコピーが「NASAのロケットサイエンティストがウォール街へ」というとてもかっこ良いもので、そのキャッチコピーに惹かれたのを覚えています。NASAは私と同じ大学院の研究者達にとってトップランクの人気企業で、実際にNASAに就職した先輩達もいます。そこで働く人たちが金融業界に流れているのかと思うと心が動きました。また、当時金融業界が理系のシステムエンジニア向けに広告を出したのは画期的でした。

■その雑誌を見ても、理系のシステムエンジニアが全員が全員、金融業界へ転職しようとは思わない中、津金さんが心を動かされた一番の理由はなんでしょうか?金融業界に憧れがあったのでしょうか?

自分の専門分野が金融機関で活かすことができるということと、NASAのサイエンティストが新しい活躍の場を広げているという事実に心を動かされました。とりあえず、履歴書を送ったところ、反応が早く、いろいろお話を伺うことができました。お話を聞くと、本当に面白そうだと思えました。その当時は、金融業界で理系の人達が活躍できる分野は限定されていると思っていましたが、新しい活躍の場が広がっており積極的に理系の人材採用を考えているということでした。また、銀行の女性というと事務職のイメージが強かったのですが、ちょうど男女雇用機会均等法が始まった直後だったこともあり、女性の総合職で採用を考えていただけました。もともと、新しいことが好きな性格で、チャレンジ精神旺盛だと思います。

■津金さんのそのチャレンジ精神が積極的な行動に繋がったのですね。それでは、もう1つの大きな転機である、日系から外資系企業に移ったことについてお聞かせください。

日本の金融業界に就職して以来、上司や仲間、環境にも恵まれ、期待通りの仕事ができました。その頃はまだ男性総合職が多く、女性総合職が極めて限られている中、いいポジションも与えられ、現状にとても満足していました。しかしある日突然、ヘッドハンターから転職の話が舞い込んできました。その頃は転職など全く頭になかったので、一旦お断りしたのですが、再度連絡をいただき部門トップの方と一緒に食事をした時に「なぜ、うちの会社に来ないのか」とその会社に行かない理由を聞かれたのです。今の会社に不満がなく、行かない理由ではなくて、辞める理由が全くなかったのです。しかし、この時初めて「外資系」という新しい選択肢の存在に気付き、新たな世界を想像し、「グローバルに挑戦することは、自分を高めるチャンスになるのではないか」と考えるようになりました。初めて金融業界に入ったときは、直感ですんなり決断しましたが、この時はすでに日系で十年以上キャリアを積んでいたということもあり、選択肢に入れた後もかなり悩みました。しかし、せっかくいただいたチャンスを活かし新しい世界に挑戦したいと思いました。

■チャンスが巡ってきても、それをものにできるか、できないかは人それぞれだと思います。津金さんは順風満帆な状態からも「自分を高めるチャンス」をつかみ、決断しましたが、その決断する時の価値基準はどのようなものだったのですか?

世の中の流れをみた時の“直感”と、興味を持って取り組むことができて自分を高められるか、という考え方がやはり基準になったと思います。興味を持って取り組むことができなければ長続きしません。また、理路整然と理屈だてて何度も考えてはみるものの、将来はわかりませので、最後は直感です。

■世の中の流れをつかむために、なにか普段からされていることはありますか?

外資系企業への転職をきっかけに、仕事上必要だったこともあり、特に世界全体、世の中の流れに目を向けるようになったと思います。その当時は情報がない中で貴重な情報にいかに反応できるかが重要だったと思いますが、情報があふれている現代社会では、たくさんの情報の中で、“真に良い情報を見極める力”が大切なのではないかと思います。

異なる価値観が集結している外資系資企業での経験を通じ、幅広い視野を持ち、様々な価値観を受け入れ、真の情報の価値を見極める力が備わったように思いますが、今でもそうすべきと、心がけています。

■なにかを決断する時に、人それぞれ違う基準をもって決断すると思いますが、津金さんは、なによりも「自分が成長できるか」を大切にしていますね。

自分を高めるということは、いかにいい仕事ができる自分をつくり上げていくか、ということに繋がると思います。そう考えることによって、自然にいろいろな道が開けてくると思っています。自分を高めることでいいチャンスが巡ってきますし、逆に、自分を高めることは、いいチャンスが巡ってきたときのための準備にもなると思います。いい仕事ができる自分をつくり上げることは“自信”にもなりますし、さらにそれは一緒に仕事をしている仲間からの“信頼”にも繋がってきます。

■いい仕事ができる自分を作り上げるという一貫した姿勢で、津金さんは常に最前線で活躍されてきましたが、その長いキャリアの中で疲れてしまったり、モチベーションが下がってしまったりしたことはありませんでしたか?

土日はできるだけリフレッシュするようにしていました。趣味のテニスをする時間を大切にしています。時間が思うように取れず、休日出勤を余儀なくされる時もありましたが、1、2時間でも趣味に取り組む時間をつくり、その後に仕事をするようにしていました。

■では、これまでのキャリアの中で一番大変だった時はどんな時でしたか?

これも自分を高めるためということに繋がりますが、プラスアルファーで外部より原稿の執筆や講演の依頼があったときはなるべく受けるようにしていました。会社の仕事ではないので、完全にプラスアルファーで、体力的に大変でした。しかしそういった場での出会いも大切にしたいと思っていましたので、積極的に引き受けていました。

また、産休に入る部下の業務をみんなでカバーしていた時期も大変でした。産休というのは同じ女性としての悩みでもあったので、マネージャーであった自分が自ら文句を言ってはいけないと頑張りましたが、当時の仲間たちが快く協力してくれたのは大変助かりました。

■大変なお仕事に加え、エクストラワークもがんばる原動力とは何なのでしょうか?

単純にそういった仕事が好きだからというのもあると思います。自分を高められることに繋がりますし、そういった仕事は自分の仕事を別な角度から見つめ直すいい機会にもなります。

■津金さんは困難を乗り越え、さらにエクストラワークにもチャレンジされて、まさに後輩の女性達のロールモデル的存在だと思います。困難に直面しているキャリア女性の方々へ、困難を乗り越えるために、なにかアドバイスをお願いします。

様々な困難があると思いますが、やはり、困難に直面しても乗り越えられる自分をつくっておくことが大切ではないでしょうか。プロのスポーツ選手も練習を積むことが大切でそれが自信に繋がると言っています。自信をつけるためには日々の積み重ねです。“いい仕事ができる自分“であることで、自信になり信頼を得て、困難も乗り越えられるようになると思います。

■津金さんは「自分を高める」ということのために仕事も趣味も常に一生懸命取り組まれて成功されていらっしゃいますが、今の若い世代の中では、一生懸命になりきれないという方も多いと思います。そういった若い世代に向けてなにかアドバイスはありますか?

楽して成功する、といったうまい話は無いと思います!(笑)

キャリアアップのノウハウを学ぶ前に、まずはコツコツ自分を高めることが大前提になってくると思います。自分の努力は裏切らず、自分に戻ってきます。

■さきほど、趣味のテニスのお話をされていましたが、同じように、仕事以外でなにか精神力を高められるものはありますか?

スポーツに限らず、なにか没頭できるものがある人は、そこに向かう姿勢が、仕事に対する精神力にも繋がってくるのではないかと思います。また、将来役に立つような資格を取るために勉強することも、自信となりすごく大切だと思います。

■津金さんは困難な状況でもいつも強い精神力でいられるのはどうしてでしょうか?

強い精神力ではなく仕事とはそんなもんだ、という半分あきらめかもしれません。自分の面白いと思う仕事が少しでもあれば、それを糧に、困難な仕事を乗り切って頑張ろうと自分に仕向けます。楽な仕事や面白い仕事ばかりではないのが常ですので。

■スタッフレベルの仕事をしている時に、視野を広げたくても、自分のやっている仕事にしか目が向かなくなり、どうしても視野が狭まってしまう、という悩みを持った若者は多いと思います。そのような方たちにアドバイスをお願いします。

まずは自分に任された仕事をきちんと仕上げることが大切です。しかし次のステップとして、ただこなすだけではなく、たとえば「この数字はどこから来ているのだろう?」「この仕事はどこの部署がやっているのだろう?」といったように、疑問を持つことが大切です。そしてその湧いてくる疑問を上司や同僚に聞いたり自分で調べることで、日々の仕事を通じて視野を広げられると思います。別の仕事を任せてもらえるきっかになるかもしれません。ひとつの仕事を単に流すのではなく、常に好奇心を持つことで視野は広がります。

また、会社には組織の隙間に落ちてしまい行き場を失ってしまう仕事や、誰がやってもいい仕事がたくさんあります。そのような仕事を積極的に拾っていくことで(あるいは任せてもらえるよう信頼を得ることで)、視野を広げ自分自身を高めることができます。私も若い頃はお茶くみもやっていましたよ。お茶くみをしても自分自身の価値が下がるわけではありません。「どんな来客が何のために来ているのかしら」とか、何かしら得るものはあるものです。

■成功されている方は、津金さんのように好奇心の範囲がとても広いですね。以前と違って今は、女性にもチャンスがたくさんある時代です。目指そうと思えば管理職にもなれる時代です。最後に、このような時代でキャリアアップを目指す女性たちにメッセージをお願いします。

私が働き始めた時代は、まだ男女雇用機会均等法が制定されてなく、法的にも整備が不十分でした。そこから30年以上経っていますが、最近ようやく本格的に「女性の活躍」に焦点があてられるようになりました。私は正直、30年たっても状況はあまり変わっていない、と感じています。0から1にすることはとても大変なことだったと思いますが、そこからあまり進んでいないのです。しかしこの30年間を振り返ると、「失われた20年」を経験し、女性だけでなく男性にとっても厳しい時代でした。ですから、「女性の活躍」が再び提唱されている今が分岐点になっていると思います。そんな分岐点に立っている女性にはぜひ頑張っていただき、今までなだらかだった変化の傾きを変えて欲しいと思います。活躍したいと思っている女性の中には、男性よりも能力のある方がたくさんいます。ぜひ自信を持ってほしいです。そしてその自信を裏付けるのは日々の努力、ということに尽きると思います。

また、働く女性や管理職女性に対する意識は、以前と比較して変化してきています。しかし男性女性を問わず、今より一段と意識を高めて、性別という垣根をなくし、「ひとりの部下」「ひとりの上司」「ひとりの仲間」という意識を、皆が自然に持てる社会・職場になれば良いと思っています。

 

自分を高める努力を怠らない津金さんのお話は、きっと若い世代の女性達にとってすばらしいアドバイスだと思います。本日はありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】~出産・育児で2年半のブランクを乗り越え、キャリアを継続~

~出産・育児で2年半のブランクを乗り越え、キャリアを継続~

◆中川 有紀子さん

大学卒業後、総合職で大手金融機関にご入社。出産を機に退職をされ、2年半のブランクで、復職されました。その後さらにキャリアを積まれ、大手食品メーカーの人事部長としてご活躍されました。現在は立教大学大学院ビジネスデザイン研究科で教授としてご活躍中です。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番大きな転機は何だったでしょうか?

第1子の出産を機に会社を退職したものの、2年半のブランクで、復職したことです

ブランク期間は完全なブランクではなく、キャリアを継続するために、簿記の資格を取得するなど、勉強をしていました。退職した年は、育休法が施行した翌年でしたので、前例がなく、転勤の可能性はあることを言われており、長時間労働が恒常化していた銀行総合職として育児との両立出来る保証はありませんでした。また、女性が結婚、妊娠をして、子供を持ちながら総合職として仕事を継続することが難しかった時代でしたので、一旦退職をしましたが、2年半のブランクだけで復職したことが今に繋がっていると思います。ブランクが5年だったら難しかったかもしれません。

■キャリアを継続しようと決断するに至った背景は何ですか。

小さい頃から、職業を持ち、自分の力で生活して行きたいという気持ちがありました。大学を卒業した年は、男女機会均等法が施行した年の2年目でした。新卒で入社した銀行では、総合職を選択しましたが、同期の女性は皆一般職でしたので、周囲の多くの人から、なんで総合職を選択したのか驚かれました。しかし、私は、「同じ8時間働くのであれば」男性と同じように転勤があってもキャリアを目指して、総合職として働きたいと思っていました。新入社員として入社の挨拶をした時、「将来は社長になりたい」と挨拶したのを覚えています。(笑)

母は専業主婦でしたが、近くに住んでいた明治44年生まれの祖母が75歳まで家庭裁判所の調停員として働いており、自分も祖母のように仕事を続けたいと思うようになりました。祖母の姿をずっと見て育ちましたので、祖母の生き方がとても影響しています。

■これまでキャリアを続けていく中で、困難をどのように乗り越えてきましたか。

銀行の中では、男性からのライバル意識をずっと受けながら働いてきました。しかし、組織で嫌なことがあっても、死ぬわけではありませんし、嫌だったら会社を変わればいいわけです。その代わり、転職能力をつけなければなりませんから、そのことがバネになり、社会に通用する資格をとることにしました。40歳のときにMBAを取ることにしたのもそのような理由からです。

私の人生には「つつがなく」という生き方はなく、さらに上を目指していきたいという性格なので、キャリア向上を目指して、転職はせざる負えませんしたし、そのためには、勉強が必要でした。

■もっと上を目指したいと思った動機はなんですか。

残業が嫌いで、同じ8時間働くならば給料が高いほうがいいと思いました。また、子供を育てながら働くのですから、自分の成長になるやり甲斐のある仕事をしていきたいと思っていましたので、そのためには、さらに上を目指すことが必要でした。上昇志向が高い性格も影響していると思います。

■ロールモデルがいない中で、どうやって道を切り開いたのでしょうか。

私の場合は、総合職として入社した同期の同僚が数人いました。彼女たちがいたからがんばってこれたし、今も啓発され、モチベーションを保てていると思います。

ロールモデルがそばにいなくても、自分で勉強はできます。人は勉強しないと上を目指すことは出来ません。勉強をすることで、様々な人たちとも出会い、話を聞くこともできます。その人たちからも多種多様な考え方を学ぶことができます。ただ本を読むことだけが勉強ではなく、自分より少しレベルの高い人たちと出会い、話を聴くことも勉強だと思います。

■いろいろな人達と合うためにどのような努力をされましたか。

土日のボランティア活動でも、いろいろな人たちとの出会いがあり、情報を得ることが出来ます。インターネットからも情報は得られますので、勉強会やセミナーなどに積極的に参加するなど、自分から行動することが大事だと思います。

時間の使い方も大事だと思います。私は、いろいろな人たちと会ったり、学びたいという意欲が強いので、そのための時間を作るようにしています。長時間労働をしている人は、「忙しい」が口癖になっていて、実際には何もやっていないことも多いのではないでしょうか。本当に忙しい人こそ、時間の管理をしっかりしていると思います。

■忙しい中で時間の管理を行い、常に学びたいと思ったことには、どのような理由がありましたが。成りたい自分の目標があったのでしょうか。

60歳で終わる仕事ではなく、さらに長く、世の中の役に立ち、人に影響力を与えるような人間になりたいと思っていました。

■これからキャリアアップを目指している若い女性達に、どのような考え方をして、どのような決断をしていけばよいのかアドバイスをお願いします。

本を読んだりすることはもちろん勉強ですが、経験豊富な人達に会うことも勉強になります。そして、学んだことはメモに取る習慣をつけると良いと思います。リスク無くしてTakeはありません。りスクを取れば何かしらのリターンはあります。前向き思考が大事です。海に浮かんで、波に流されるだけのクラゲにならないように、山の頂上を見ながら自分の足で歩くことが大事だと思います。キャリアの、白馬の王子様はやって来ないのです。そういう棚ボタを待つのではなく、自ら“虎穴に入らずんば、虎児を得ず”です。リスクを取らないことがリスクになってしまいます。

■困難にぶつかり行き詰まっている女性へのアドバイスをお願いします。

困難は古今東西、人間関係が多いと思います。そこで転職を考えるのも1つですが、そこで何ができるか、リスクとベネフィットを書き出し、自分の優先順位をじっくり鳥の目で見ることも大事です。また、5年後に自分がやりたいことを自分に問いただし、そのことをやるためには今、何をしなければならないのかを逆算で考えることが重要だと思います。

これからは女性の皆さんにとって、フォローの風が吹いて来ると思います。2020年までにぜひチャンスを自分から掴んでほしいと思います。キャリアの白馬の王子様はやって来ません。自分のキャリアデザインを考え勉強をして、自分の目標に向かって、自分が欲しいキャリアを自ら掴み取ってほしいと思います。

 

このメッセージは、これからキャリアアップを目指している女性達へ影響を与える素晴らしいメッセージです。大変貴重なお話をどうもありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】 ~15年勤務した大手企業を退職し、フリーランスで事業を立ち上げたこと~

◆国廣 まなみさん

大学を卒業後、正社員として大手住宅メーカーを経て、住宅設備メーカーに15年間ご勤務の後、1年間フリーランスとして独立されました。現在は住宅関連会社の支店長としてご活躍中でいらっしゃいます。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり) 福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

一番大きな転機となったのは、15年務めた大手住宅設備メーカーを退職したことです。女性が活躍できる職場を目指して、労働組合を立ち上げ、組織改革を進めたのですが、不本意ながら組織の反対勢力とみなされ、退職せざるを得ない状況になり、退職することを決断しました。そこで勤務した15年間は、自分にとって良い意味でも悪い意味でも良い経験になり、その経験を踏まえて、退職後に1年間はフリーランスで事業を請け負っていました。その1年間が自分にとって「働くということ」と「仕事について」考える大変良い転機になりました。

■その1年間はキャリアについてどのようなことを考えて、また模索されていたのでしょうか。

自営業者として仕事をすることは、サラリーマンとして仕事をすることとではこんなにも違うのだと気付かされました。特に、従業員の給料を捻出することがどんなに大変なことか、どれだけの売上が必要になり、経費はいくらなのかということについて身をもって経験した1年でした。

■次のキャリアについて、どのように考えていきましたか

大手企業の中で仕事をしていた時は、資格や企業の肩書という小手先に捕らわれていたように思います。しかし、独立してフリーランスになった1年間は、仕事をするために重要なことが何であるかのか、それは個人の人間力であったり、考え方であったり、想いであり、出会う方々が自分の力になるのもそうでないのも、すべて自分次第であると感じました。

■給料をもらう側と、給料を払う側で全く正反対の働き方をご経験し、そこで気づかれた今の視点は興味深いですね。働くことに対する考え方が変わられたとのことですが、どのように変わられたのですか。

企業に務めていた時代は、大きな企業に守られていながら、権利ばかりを主張していたように思います。もっと自分が果たすべき義務があったのではないかと思います。企業が存在しなければ、自分の価値はなくなるので、自分がもらっている給料に対して、貢献できているのか、自分の売上に対してもらう給料の妥当性を考えるようになりました。結局フリーでは業績が厳しくなり、さいど企業に就職することになったのですが、以前よりも棘がぬけたように感じています。今のような気持ちで、退職した企業でも臨めたらもっと柔軟に適応できたのではないかという反省があります。

■大手企業を退職しなければそのような素晴らしい視点は、一生気づかなかったことかもしれませんね。今はどのようなお気持ちで仕事に臨まれていますか。

大手企業の時には自分の貢献度がわかりにくかったのですが、今は経営者と会話する機会が多くあり会社の方向性や状況などが見えるようになりました。経営者サイドの大変さや考え方も理解できますので視野が広がりましたね。従業員の給料に対する不平不満や、経費節減についても前向きな話を一緒に出来るようになりました。

■フリーランスの1年間の経験があったため、仕事に対する考え方の視野が広がってきたということだと思います。そのような前向きな考え方ができるようになったきっけは、どのようなことがありますか。

本質的には大企業を退職してフリーランスになったことで経験したことが大きいのですが、大手企業でスタッフの指導をする立場になった時に、自分もスタッフだったら上司に言っていただろうという愚痴を、逆の立場で受けました。その時に、なんて幼稚な愚痴なのかと感じましたが、小さな情報だけで判断してしまうことが原因だと思いましたので、一緒に様々な情報を共有し、沢山入手することを心がけました。女性は自分の職場からあまり動くことがないので、なるべく他の仕事をする人たちに会う機会を作るなどして、視野を広げ、情報を多く入手するように心がけました。

過去に自分が置かれていた立場を、客観的に見る機会を与えてもらえたことが視野を広げられることに繋がりました。

■片方サイドだけでなく、両方の立場を知ることは視野を広げることになりますね。視野を広げようと心がける中で、苦労したことはありますか。

仕事をしている女性たちのバックグラウンドは様々ですが、一日の中で仕事をしている8時間の拘束時間は、就寝時間と生活に必要な時間を除くとほとんどの部分を占めていますので、楽しくないよりは楽しくしたいと思います。スタッフには仕事を楽しくするためには、その仕事を充実させることだと話をしています。仕事は自分だけの単体で行うのではなく、前から来て後ろに流すものなので、前から来るタイミングと後ろに流すタイミングを考えることができると、仕事に対する価値観や考え方が変わるということを話をします。一度は自分自身が体験してみることが大事だと伝え、他の仕事について聞いてみよう、見てみようという気持ちにさせることにエネルギーを使いました。

■いろいろなスタッフを育成し、ご自身の仕事に対する考え方も広がっていらっしゃいますが、今の国廣さんの仕事に対する目標は何でしょうか。

女性活躍がやっと脚光を浴びてきていますが、地方ではまったく実感できていません。キャリアに前向きな女性には出会いますが、企業格差、地方格差を感じます。企業にとって女性を活用できたら必ず業績拡大出来ると思いますので、今後は何かしらで人材育成の分野に関わっていきたいと思っています。

■これからキャリアをスタートしようとする女性たちへのアドバイスをお願いします。

今はネット社会ですので、どこにいても、タイムリーな情報が入手できます。一昔からすると夢のような環境が整っていると思います。しかし、キャリアを伸ばしていく中で、対「人」ということは決して避けられませんので、恐れず進んでほしいと思います。いろいろな方に沢山会うことで、自分の幅がひろがります。会社を退職したことは辛い経験でしたが、逆側の立場を経験することができたことで、視野を広げることができました。恐れることなくいろいろなことにチャレンジして、沢山の人達に会ってほしいと思います。そして、常にしなやかで強くあること女性としての強みだと思います。困難にあたっても折れない、竹のようにしなやかな柔軟な心を持つことが大切だと思います。

■どうすれば恐れずに前に進むことが出来ると思われますか。

メンタルの部分で支えてくれる人がいると、頑張れるのではないかと思います。誰かに頼る、甘える事が出来ると人にも寛容になれると感じます。そんな人を作ることができるといいですね。

■モチベーションを継続するために、また、日々努力していることはありますか。

こういう自分でありたいという理想像があります。ポジティブな自分が理想ですので、苦しい時には以前を思い出しながら、自分は出来ると上を向くようにしています。

また、女性ですので綺麗でいるように努力をしています。奇麗でいようとすることで自分が前向きになりますよね(笑)。

 

素晴らしいお話ですね。本日は大変貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~外務省を退職し、経営者の道へ~

◆野崎 由紀子さん

大学をご卒業後、外務省へ入省し、ご結婚により退職。阪神大震災で被災されシンガポールにて療養後、アジアの企業でキャリアを積まれました。2004年には本間ゴルフの取締役副社長にご就任。2007年に不動産会社を設立され、2015年からは長野県小谷村の経済活性化事業でもご活躍されています。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■ご自身のキャリアの中での1番の転機は何だったでしょうか?

人生の大転換期は、自分で努力して求めて得た外務省の仕事を辞めたことです。外国人との結婚で、辞めなければいけなかったのですが、外務省時代の同期の雅子様が、別の人生を歩まなければいけないという点では同じ気持ちだったと思います。その決断をして学んだことは、「生きていればなんとかなる」「世の中には鬼はいない」「嫌な人は避ければいい」です。退職後、様々な経験をする中で、本当に苦しい時には、助けてくれる人たちが実はたくさんいることがわかりました。安定した仕事を飛び出し、結婚をして、シンガポールで今までとは全く違う仕事を、今までの外務省とは無関係に、1人のローカル採用として、地元並の安月給で、しかも全く違う業種で食べていかなければならなかった時は、とても苦しい時がありました。最初は一人でがんばっていたのですが、どうにもならなくなり、周りに助けを求めたのですが、必ず助けてくれる人がいました。前が見えない状態でも、自分が正直で一生懸命努力さえしていれば、声を出して助けを求めたときには、必ず助けてくれる人がいます。声を出す勇気も必要だと思います。

■必ず助けてくれる人がいるというお話は大変興味深いお話ですが、それは、野崎さんが精一杯努力されてきたからだと思います。

そうですね。自分で精一杯努力しても、どんなにやってもどうにもならないときには必ず助けてくれる人がいました。

■やるべきことを全部やることが大前提ですね。それでは、外務省のキャリアを自ら手放すという決断をされた根底には、どのような判断基準があったのでしょうか?

好奇心です。外務省にいれば大きな組織ですので、安定はしています。しかし、結婚して二人でシンガポールにいったら一体どうなるだろうというアドベンチャーの感覚がありました。外務省で得た知識や経験はありますが、世の中はそんな狭いものではありません。どんな経験も必ず肥しになるはずだと思っていました。私が好きな「相田みつを」の言葉があります。「具体的に動いてごらん、具体的な答えがでるから」という言葉です。頭だけで考えるのではなく、とにかく動いてみると自分に向いていること、向いていないことがわかります。何もしないで悩み続けるのは時間の無駄です。

■素晴らしいお考えですね。外務省で成功することも素晴らしいキャリアですが、野崎さんはそれよりも広い世界を目指したということでしょうか?

世界を知りたかったという好奇心ですね。どうなるのだろうという不安が80%、何か面白いことがあるという好奇心が20%です。不安だけではなく、知らないことがあるはずだという好奇心を糧にしています。

■野崎さんのように好奇心が旺盛な方が成功するのですね。それでは、一歩踏み出すことに躊躇している女性たちにアドバイスをお願いします。

躊躇している原因を徹底的に考えてみることが必要です。なにが怖いのか、それは乗り越えられる恐怖なのか、どうしようもない恐怖なのか自分で考えてみることです。まずは好奇心をひっぱっているその問題を解決して、それから前に進むと良いのではないでしょか。

■原因を徹底的に考えることは重要ですね。野崎さんは色々な問題に直面したときには、どのように問題解決をされますか?

まず寝ます。それから自分のことをよくわかっている人に話します。その時点では自分で解決策を出している場合が多いのですが(笑)。結局は自分の人生なので、自分で解決するしかありません。

■そのあたりのお話を深くお聞かせいただきたいのですが、選択の問題を自分で自問自答するということは、頭の中でグルグル回りませんか?

そうですね、グルグル回ります。自分で何をしなければいけないかわかっているにも関わらず、進めることができないときはとても大変です。自分の意志だけではできないものはたくさんあります。例えば職業の選択だったり、退職すべきかすべきじゃないか、これをするべきかすべきじゃないかという選択は、自分が本当に好きかどうかで判断すればよいと思います。物事は好きなことでないと長続きしません。人生は一回きりです。好きなことをやって収入を得るのが一番です。好きなことに向かって収入を得るのもいいと思います。今はその仕事に就いていなくても、その前段階のために、今はこの仕事をしているということで良いのです。何になりたいか、何が好きなのかが大事です。

■とても素晴らしいアドバイスだと思います。スティーブ・ジョブズが、「仕事は点と点が繋がることで一つの線になる。点をのぼっている最中は繋がっていることがわからないが後で振り返ると一つに繋がっていることがよくわかる。重要なことは、今いる一つの点にどれだけ集中するかということだ」と言っています。一つの通過点としての、今の仕事が好きではないと言っている若い人たちへ、野崎さんはどのようなアドバイスをされますか?

若い人はどんな企業に就職しても、コピー取りなど下積みがあります。管理者となる人は、最初はみんな下働きを経験しています。どんな仕事も3年してみることが重要だと思います。3年仕事を続けると、大体のことがわかるようになります。3年続けてみて、嫌いだったら向いていないのでしょう。3年続かない人は好きなことも見つけられません。仕事はやっていくうちにわかるものです。相手にお礼を言わせる仕事が出来るようになるためには3年かかります。自分にイニシアティブが取れるようになれば、好きなことに変化するかもしれません。

■好きなことについてのお話と、仕事を3年続けることの重要さについて大変素晴らしいお話をどうもありがとうございます。もう一つ、チャンスの見極め方についてアドバイスをいただけますか?

どんなこともやってみることが重要ではないでしょうか。すべてがチャンスだと思います。できそうなことはやってみて、難しかったら助けを求めたら良いと思います。やったことがあるものだけをやっていても成長はしません。

■女性は経験をしていないものにチャレンジする人が少ないと思います。どうすれば、女性がもっと新しいことにチャレンジするようになるでしょうか?

好奇心があるかどうかも重要ですが、やったことがない事をやりたくないという人に成長やチャンスはありません。そのうちAIに仕事を取ってかわられてしまいます。安定して同じことをやり続け、自分の趣味に生きるのもその人の人生です。逆に仕事を極めたいと思うのなら、やったことがない事にもチャレンジすることが重要です。

■大変わかりやすいメッセージだと思います。野崎さんがお考えになっている、次のステップとしてのビジョンを教えてください。

今いるこの村にはとても素晴らしいところがたくさんあるのですが、地元の村の人たちはよくわかっていません。今は経済的利益を得てはいない地元の人たちに、自信をもって村を誇れるように、将来に夢をもてるように村の中の経済の仕組みを作ることが私の夢です。

■大変すばらしいお話で将来を楽しみにしています。それでは、インタビュー最後の質問になりますが、今、いわゆる「ガラスの天井」にひびが入ってきていると思います。今まさにキャリアを上ろうとしている女性たちへアドバイスいただけますでしょうか。

他人に何を言われようとも、自分が正しいと思ったらへこむ必要はありません。ガラスの天井はすぐ壊れるでしょう。女性であることをハンディキャップと捉えるのではなく、賢くしなやかな姿勢保つことも必要だと思います。

 

大変ポジティブな素晴らしいお話をどうもありがとうございました。全てのキャリア女性へ素晴らしいメッセージでした。本日は大変貴重なアドバイスをどうもありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】~ローファームに入らずに、ビジネスの世界に飛び込むという選択~

◆石田 なつえさん

アメリカの大学、ロースクールをご卒業後、アメリカで大手会計・コンサルティング会社にご就職されました。その後、日本にて金融機関、ヘルスケア会社を経て、現在は外資系化粧品会社の法務部長としてご活躍中でいらっしゃいます。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番大きな転機は何だったでしょうか?

今までのさまざまな転機の中で、はじめの頃のポジションチェンジが一番重要だったように思います。私は米国の大学・大学院のロースクールを出て、ニューヨークで弁護士資格を取り、直後に会計・コンサルティング企業に入社しました。当時弁護士資格を持ちながら法律事務所に行かない選択をする人はほとんどいなかったため、その時点で他の人とは違う道を歩んでいたと思います。

大学院時代にインターンでお世話になっていた税務当局の弁護士の方が企業に移り、新しい事業を立ち上げることになり、私をそのチームへ誘ってくださいました、が迷いはありました。弁護士資格を持ちながらローファームへ行かないということに対して、殆どの人がマイナスの意見でした。キャリアの幅が狭くなるという意見や、ロイヤーとしてのノウハウが身につかないなどの意見が多く、自分自身もとても悩みました。しかし、自分の上司になる予定の方々や、以前からインターンでお世話になっていた方々に相談する中で、「これから自分がロイヤーとしてキャリアを伸ばしていくという長いスパンで考えた時に、その判断は大きなマイナスにはならない」という決断に至りました。

これから生まれる新しい企業の組織形成に自分が携われるよろこびが大きかったということと、今までお世話になってきた信頼できる方々と仕事をすることが、自分にとって学びになると思ったことが決断の理由になりました。

■すごい決断をされたのですね。ロースクールを卒業して、ローオフィスに行くか、または幅広く学ぶことに重きを置いて、信頼できる方々と新しい事業に携わるか、ふたつを天秤にかけた時に、どちらを選ぶかは本当に重大な決断だったと思います。石田さんはこの時どのような価値基準を持って、その判断を下されたのですか?

直感的な部分が大きかったと思います。「自分はこの判断で大丈夫だ」と感じられる何かがありました。

■今まで直感を重視した成功経験があったからこそ、このような決断が出来たということでしょうか?

そうかもしれません。私は、元々周りの意見にとらわれず、自分の意志を貫いて行動する性格でした。それは学校の先生からするとマイナスと判断されるかもしれません。しかし、私の両親は、理由に基づいて自分が決めた方向に進むことに対しては、周りの反対があったとしても、後ろで見守っていてくれました。私はこのような恵まれた家庭環境があったからこそ、自分を信じて前に進むことができました。そのような行動をとり、成功体験が積まれ、何かを得ることができました。直感を重視し、決断することができたのは、このような経験の積み重ねによるものだと思います。

■子供の自立よりも常識を重んじるというのは、日本社会では珍しい、すばらしい教育方針だと思います。一方で石田さんのように行動したいと思っていても、一歩踏み出せない方もとても多いと思います。そういった方に、常識にとらわれないで最初の一歩を踏み出すためのアドバイスをお願いします。

私はとても好奇心が強いと思います。また、キャリアの中で何かが変わる、ということに対して抵抗を持ったことがありません。何かが変わるということは、必ず「それ以上に良くなる」「さらに面白いことができる」「なにか得ることができる」と考えています。何かが変わる、何かを変えるということを嫌ったり、怖いと思ったりする方も多いかもしれませんが、そのように変化を楽しむという発想に切り替えてみるのが大切だと思います。例えば、チームの誰かが退職すると、新しい人が配属されます。その新しい人が何かを生みだす力になってくれるかもしれないですし、これまで居てくれた人がいなくなったことで気付くことがあるかもしれません。これまでと違う何かが起こることや、これまで出来なかったことが出来るようになることを楽しみだと考えています。

■好奇心旺盛で、チャレンジを恐れない性格は素晴らしく、他のキャリア女性にも共通している部分です。一方で、時々はどうしてもマイナスな面を考えてしまうこともあると思いますが、その時にはどのように気持ちを切り替えているのでしょうか?

プライベートでも仕事でも、何か落ち込んだことがあったときは、それ以上に落ち込んだ時のことを思い出して、「落ち込んだこともあったけど、その時も乗り越えられたから大丈夫」と自分に言い聞かせます。辛いときも、乗り越えられた時の成長した自分や、その時に得られることを想像して、自分を励ましています。

■「その時も乗り越えられたから、今回も大丈夫」素晴らしい自分自身の励まし方ですね。もう少しお聞かせください。キャリアの中で何かを決断する際に、直感以外に他に重要視されたものはありましたか?

これから上司となりうる人や同僚になりうる人と話した時に、リスペクトできる部分があることや、この人たちから何かを得られる、学べるという確信を大切にしています。会社や仕事内容など、どんなことに対してでもいいので、好き・楽しい・面白いといったようなフィーリングは重要だと思います。会社の規模やポジションなど、一般的な基準ももちろん大切ですが、結局は心が動くかという本質的なところで決まると思います。私は、何か新しいことができる、何かが新しく動くといったことに心が動きます。

それは、ワークライフバランスのライフの部分を大切にすることに繋がると思っています。自分の家族・友達・趣味などを大切にしないと、仕事も楽しめないと思います。自分の大切なものを守るために仕事をするという意識を強く持っています。

■「リスペクト」「学べる」ということを重要視されているのですね。その「リスペクト」していた上司から学んだことをお聞かせください。

最初の決断のおかげで、大きな会社の中で、さまざまな分野の専門知識を得られました。移転価格税制のグループにいた時のある尊敬する上司に、「ビジネスセンスを持ちなさい」と言われたことがあります。移転価格という分野は、戦略的につくられた組織の構造を理解していないとできない分野であり、ビジネスセンスを養うには最適の場所でした。その後同じロイヤーの方だけでなく、エコノミストやアカウンティング、タックススペシャリスト、ITセキュリティなどさまざまな専門家の方とお仕事する機会があり、幅広いビジネスセンスを獲得するには大変良い環境でした。

■専門家だからこそビジネスセンスを持つことの重要性に早くから気づかれたのですね。石田さんの今後の夢やビジョンを教えてください。

方向性が2つあります。

1つは、自分も経営に関わっていけるようなポジションに就きたいということです。今までリーガルという観点からさまざまな事業に携わってきて、そこで培ったビジネスセンスを活用したいと考えています。自分の部署である法務部だけでなく、組織全体を見てよりよいものにしていきたいです。

もう1つは、自分が培ってきたノウハウを若い世代や女性の方々にも伝えていきたいということです。今、女性のリーダーシップやグローバルな人材のニーズは高まっているように感じるので、これからキャリアを積んでいく日本の若い世代に対して、自分の経験から何か伝えられることがあるのではないかと思っています。

■石田さんはいろいろな転機でとても上手にチャンスを掴んでいるように感じます。最後に、これからキャリアを築いていく方々に向けて、チャンスの掴み方について、ご経験からアドバイスお願います。

高校生の時に読んだ「Zen And The Art of Motorcycle Maintenance」という本の中に、とても自分が共感したフレーズがあります。“The truth knocks on the door and you say, ‘Go away, I’m looking for the truth,’ and so it goes away.” これをOpportunityに置き替えても同じです。私は、これまでの転職でも、企業や、ポジションについて、とてもオープンなスタンスでいられるように心がけています。面白そうだし関心があれば、まずはお話を伺うようにしています。最初から自分をリミットすることが好きではありません。リミットしてしまうと、もしかしたら自分に合うものであっても、チャンスを掴むことが出来なくなります。チャンスをチャンスだと思わなければ、逃してしまいます。

■チャンスに対する素晴らしい見方ですね。石田さんの考え方を表しているもう1つのエピソード、「I’m fine」についてもお聞かせください。

どんなに困難な状況が積み重なっても、それはそれと考えて、positiveな面にフォーカスするよう心がけています。そして結論は、「I’m fine」で締めるようにしています。ある時、あまりにも多くの困難があって、「○○や○○や○○が大変だけど、それ以外は、I’m fine」とニコニコしながら言ったら、米国の友人にとても驚かれたことがあります(笑)

変化をポジティブにとらえ、常に「I’m fine」と笑顔を忘れない石田さんならではの、すばらしいアドバイスですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】~リクルートを45歳で退職し、東京電力へ入社したこと~

~リクルートを45歳で退職し、東京電力へ入社したこと~

◆笹尾 佳子さん

1984年、法政大学法学部法律学科卒業、株式会社リクルート入社。「就職情報」「とらばーゆ」「じゃらん」「ゼクシィ」などの営業を経て、2000年、株式会社リクルートスタッフィングで新規ビジネスである営業アウトソーシング事業の立ち上げにかかわり、4期で100億円ビジネス規模に成長させる。2004年、リクルートスタッフィングでナンバー1の部長と部を表彰する、最優秀経営者賞および最優秀ユニット賞受賞。

2006年、東京電力株式会社に転職し、キャリアライズ、TEPCOコールアドバンスの非常勤役員を経て、2007年11月、東京電力の子会社で介護事業を行う東電パートナーズ株式会社に常勤取締役として経営再建に入り、20億円の赤字会社を2年で黒字化させる。2012年7月から同社代表取締役を務める。

2015年6月より、株式会社レオパレス21社外取締役。中小企業診断士

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

45歳でリクルートを辞めて、東京電力に転職したことです。リクルートの最後の5年間は関連会社で営業アウトソーシング事業を立ち上げました。業績も良く、最後の一年間は、部内で一番高い売上と利益を出し、最優秀経営者賞や最優秀ユニット賞などをもらい、女性の営業管理職としてメディアにも出るようになりました。しかし、その事業を始める際に後ろ盾だった社長が退任し、後任の社長が着任したことにより、経営方針が変わり、これ以上この事業を成長させることが難しくなりました。そのため、リクルートを退職し、営業コンサルティング会社を設立しようと思うようになりました。そのときに、ミスミグループの三枝匡氏の企業再建の本を読み、内容に非常に感激をして、会社をまるごと変えてみたい欲求にかられました。企業再建について調べましたが、企業再建をする人たちのバックグラウンドはMBAホルダーだったり、外資系のコンサルタントのパートナーや、弁護士だったりするわけです。営業と営業マネジメントしか経験がない私には、やりたいと思ってもやらせてくれる企業がありません。しかし自分の仕事人生の最後の仕事として、どうしても企業再建がやりたいと思い、いろいろ企業を探したところ、東京電力で、新規事業の関連会社の管理と経営幹部の募集を見つけて、応募したのがきっかけです。

■最初は独立しようと思われたわけですが、東京電力に転職するまでの悩まれた期間はどのくらいで、どのようなことをしていましたが。

1年から1年半の間悩んでいました。その間は、本を読んだり、いろいろな人の話は聞いたりしましたが、結局は自分の心の中の声を聞くしかないと思いました。自分の心を揺るがす何かがないとなかなか行動できません。

■心を揺るがしてまるごと企業を変えたいと思ったのはどのようなことがきっかけでしょうか?

まるごと変えたいと思ったのは初めてです。自分の担当する組織に対して、自分が担当するならばこうあるべきだとイメージは明確にもっているのですが、あくまでも経営の方向性を判断するのは会社のトップであり、時として自分の考え方と全く違うこともあります。ですから経営者となり、50歳までには自分の理想とする会社を作りたいと考えました。

■どうして組織のトップになりたいと思ったのですか。


最初からトップになりたいと思っていたのではありません。30代のときには、マネジメントの面白さと魅力に取り憑かれていました。しかし、自分の限られたマネジメント手法だけだと、ある時は成功したり、あるときは失敗したりします。自分が関わった組織はある一定以上の業績を挙げたいと思いました。上司は部下を選べますが、部下は上司を選べません。せっかくご縁があって一緒に仕事をしていますので、悪い業績だと申し訳ないと思いました。そこで、一定以上のマネジメント手法を学ぶためにビジネススクールに通い、リーダーシップ論などを学びながら、マネジメント業務を行いました。トップになりたいと思ったのは、自分が正しいと思うやり方が出来るようになるためには、トップになることが必要だと感じたからです。意見は沢山あるなかで、それぞれ正しい意見だとしても、最終的な意見を決めるのはトップです。組織の理論として、下の人はその意見に従わなければなりません。リクルートでは自分の立ち上げた事業が、経営者の判断で継続することができなくなりましたので、自分が近い将来、よい経営者になる決意をしてリクルートを退職しました。

■重要な決断が出来るようになるために大切なことはなんでしょうか。

今の自分自身の全てを受け入れて前に進むことだと思います。私は、よいところも少しはあるのですが、欠点もたくさんあり、かつ、エリートではありませんし、無い物ねだりしても仕方ありません。30代のときから、マネジメント研修の中でメンバーに伝えている私のマネジメントの考えのベースになるもので、私がかってに考えた【金ぺいとう理論】というものがあります。金ぺいとうには角がありますが、組織はその金ぺいとうがたくさん集まって出来ているものだとイメージしてください。組織を動かすときに、日本人の場合はまずは、角を削って丸くして、つまり、欠点やミスをなくすことに注力して、小さく回しているように感じます。しかし、その角を磨いていきながら、たとえでこぼこの穴があっても、大きく回したほうが組織としてエネルギッシュで革新が起きるのではないかと思っているのです。人間良いところも悪いところもあります。悪いところを直すよりも、良いところを磨いたほうが絶対良いと思っています。また、サラリーマン人生は敗者復活戦があまりないと感じています。失敗は自分の責任ですが、死ぬわけではありませんので、失敗を恐れずに行動することが大事だと思います。

■いつからこのような考え方になったのですか。

もともと後ろ向きでの性質ではありませんが、30代の頃に、日経新聞に掲載されたマッキンゼーの求人広告の中にあった「自分のキャリアは自分でデザインする」というキャッチフレーズを見て、意識が大きく変わりました。20代はがむしゃらに走っていましたが、そのキャッチフレーズに衝撃を覚え、自分のキャリアを考えるようになりました。その頃から、自分の人生を振り返り、行ってきたことを論文にまとめたり、必要な勉強や、資格取得をしていました。例えば、仕事で経営者と対等に話をするために、中小企業診断士の資格をとったり、営業アウトソーシングの仕事を極めるために、大学に行き経営学(専門はマーケティング・研究領域は営業)を学んだりしました。

■これからの若い女性たちが、自分でチャンスを掴み、前に進むために重要なことはどのようなことでしょうか。

悩むことも大切ですが、強い意志を持ってエネルギッシュに行動することが重要だと思います。真剣に動けば必ず誰かが助けてくれますし、新しいことをしていると誰かが引き上げてくれます。

■行動するための勇気はどこから来るのでしょうか。

私は、世の中を変えたいという気持ちが強く、そのために生きています。自分のやりたいことがあったら、必要なアクションプランを書き出し、そのアクションプランを全て行い、行動の振り返りをすることが必要です。物事には起承転結が必要です。30代のころに、自分が掲げたミッションで成果が出せなく、企業からクレームになり出入り禁止になったのですが、2~3年かけてその企業を訪問し続け、取引再開にこぎつけることができました。

■苦しい時や落ち込んだ時に、どのように自分を前向きな気持ちに持っていくのですか。

ストレス耐性は高いと思います。バッシングも多かったので、かなしいかなだんだん強くなったのだと思います。

■最後に後輩の女性達へアドバイスお願いします。

日本の女性にはライフイベントの負荷がかかりますが、細くても良いので長くキャリアを続けてほしいと思います。女性にはしなやかに、したたかに、賢く働き続けて欲しいと思います。ライフイベントも仕事に活かして、それも含めてキャリアです。ぜひキャリアを長く続けて欲しいと思います。

 

キャリアを何が何でも続ける方法を考え、そして、キャリアを続けることはとても大事だと思います。金ぺいとう理論、起承転結のお話は、後輩への力強いメッセージです。本日はどうもありがとうございました。

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【私のキャリアの転機と決断】~大手銀行を退職し、外資系監査法人のサイパン事務所へ転職~

◆高橋 さやかさん

大学卒業後、日系の大手銀行にご入社。3年後に外資系大手監査法人のサイパン事務所で3年弱ご勤務の後、東京事務所、NY事務所を経てディレクターとしてご活躍されていました。現在は退職され、さらに新たなフィールドをめざし2017年夏から海外大学院留学予定でいらっしゃいます。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

三菱信託銀行を辞めて、デロイトの現地採用スタッフとしてサイパン事務所に行ったことです。自分でも思い切った決断だったと思います。大手の銀行を退職することについては、いろいろな方にご相談をしました。退職そのものの是非よりは、新しい職場にどのような可能性があるかについてご意見を頂戴したいと思っていましたが、安定した職場を去り海外へ出ていく事に対して9割の方は反対のご意見でした。反対のご意見を頂く事で、逆に「自分にとって譲れないポイントは何だろう」と熟考する事が出来ました。相談を受けて下さる方々は、それぞれの価値基準と経験からご助言下さいますので、それらを咀嚼した上で、最終的には、自分の判断基準で決定する事が重要だと思いました。私の場合は、英語を使う環境で会計監査の実務経験を出来る限り多く積むことがポイントでしたので、職場に日本人がいない環境であることは譲れないポイントでした。日本人が自分1人だけですと日系クライアントの情報が自分に集約されますし、何といっても「日本語ができる」という自分の強みを活かせると考えたからです。

しかし、最初から自分の譲れないポイントがあった訳ではありません。いろいろな方のご意見を伺う中で、徐々に自分の判断基準が明確になってきたように思います。このサイパン行きは、実は一度オファーを辞退させて頂いた経緯があります。当時は、銀行での仕事が面白く、オファーを頂いた途端、退職して敢えて新しい世界へ飛び込む事に躊躇してしまったのです。最初の転職は、勇気がいりますよね。しかも、いきなり海外に単身で。わかってはいたことですが、当時はそこまでの覚悟が正直な所、最初は出来ていませんでした。中途半端な気持ちで採用面談に臨んでいたのだと思います。ただ、その後、様々な角度から仕事について考える中で、諦めきれず、数ヶ月後にもう一度こちらからコンタクトさせて頂きました。採用を担当して下さったデロイトの方は、一度私から反故にしてしまったにも関わらず親身に業務の内容等ご説明下さいました。「自分にとって譲れないポイント」に加え、「一緒に仕事をしてみたい」と思う魅力的なデロイトの方々との出会いが私の背中を後押しし、サイパン事務所で勤務する事になりました。

■会計・監査の専門性をつけたいという動機は何ですか。

銀行時代に、世界で通用するプロフェッショナルな資格を持ちたいと思いました。会計監査の資格に可能性の広がりを感じて、予備校の夜間学校で勉強しはじめたのがきっかけです。キャリアを今後どうするかということを考えたときに、ずっと仕事をしていく確固たる意志はありませんでしたが、せっかく勉強し始めた会計監査の資格を取らないまま終わることはもったいないと思いました。また、自分自身を他人とどう差別化するかということを考えていました。サイパン行きを決めたのも、会計の仕事でサイパンに行く人はあまりいないと思いましたので、人とは違うことをするという意味で差別化になると思いました。他人と差別化するという意識は、米国で過ごした高校時代に育まれた気がします。日本だけで教育を受けている方は他人と違うことをすることに躊躇する傾向があるように思います。また、新しい事にチャレンジすることに年齢は関係ないと、私自身は思っていますが、日本では、年齢を言い訳にしてチャレンジしない傾向があるように感じます、非常にもったいないと思います。現在私はMid-Career向海外大学院への留学準備中ですが、「日本の女性は、自分自身で可能性の制限をかける人が多いように思う。」とおっしゃっていた米国人の面接官がいました。その傾向はあるかもしれませんね。新しいことにチャレンジし自ら可能性を広げていく思考が大事ではないでしょうか。

■差別化という意識は、キャリアに対して明確な意識ですね。転職には、新しいことにチャレンジしていくという前向きな転職をする場合と、厳しい状況や不満足な状況で転職をする場合と二通りがありますが、不満足な状況で転職をする人たちへ、新しい環境に入る時のアドバイスをお願いします。

仕事の停滞感や現状への不満を感じる事は誰でもあると思いますが、転職を考えている方々には、今の職場に対して感謝の気持ちを持つことをアドバイスしたいと思います。自分を育てて頂いた職場に対して感謝の気持ちは大切だと思います。

環境が変わっても人生はバラ色にはなりません。多くの場合、自分自身が変わらないと環境は好転しません。せっかく環境を変えたならば、自分自身を変える努力も必要だと思います。転職は自分も新しい世界に入りますが、受け入れる企業・組織側も新しい人を受け入れますので、お互い様子見の期間があります。最初の3ヶ月程度は、自分の考えや方法を通すのではなく、自分ができることをアピールしつつ、周りを観察することがコツではないでしょうか。

■高橋さんが自分を変えていくために、日々努力されていることは何ですか。

「心技体」、技はもちろんの事ですが、心も身体も鍛え高めることが重要だと思います。体力がないと、つらいことに直面したときに萎えてしまいますし、心が萎えると体力もついていかなくなります。そのためには定期的な運動などが大事だと思います。心のコントロールは大事ですね。茶道のお稽古等を通じ心の平和を保つ努力をしています。そして、愚痴を言わないことだと思います。愚痴は問題解決にはなりませんので、愚痴を言う位であれば、改善につながる行動を起こす方が前向きですよね。

■心の鍛え方は難しいですね。ところで、高橋さんが愚痴を言わないのは、小さいときからですか。

愚痴を言ってしまうことはありますが、言った後にとても嫌な気分になってしまいます。愚痴を言いたくなったときは心のリセットが必要だと思います。常日頃から環境のせいにはしないように意識しています。また、愚痴を言って負のエネルギーを出している人には近づかないようにしています。

■後輩の女性たちへ上手くチャンスを掴むためにはどのようにしたらよいか、アドバイスをお願いします。

自分の進みたい方向性があったら、興味がある分野などについて、いろいろな方々へ声をかけて伝えておき、アンテナを張っておくことが大事だと思います。待っていてもチャンスは来ません。日頃から自分のしたい事についてメッセージを出しておくことが大切だと思います。

 

いろいろな人達へ自分からメッセージを出し、アンテナを張るということはとても大事ですね。そして、自分の判断基準を明確にして最後は自分で決断し、前に一歩踏み出すということですね。このお話はこれからの若い女性の方々への大変貴重なアドバイスだと思います。

本日はとても素晴らしいお話をどうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~コロンビア大学にてMBA取得後、ブラジルのIRベンチャー企業に就職~

◆Ms. Tereza Kaneta

Career Background Summary
- Extensive experience in strategic planning, business development, finance, capital markets and investor relations, working in consulting and financial services.
- Proven track record in leading multiple and diverse teams and delivering results in rapidly changing business environment. Experience with M&As, start-ups/new business set up, turnaround/change management, restructuring, post-acquisition/merger integration and IPOs.
- International and cross-border experience. Japanese and Brazilian citizen, fluent in Japanese, English and Portuguese.
- Currently Director of Capital Markets Advisory Group at Brunswick. Prior to Brunswick, worked as CEO of MZ Consult Latin America, as investment banker at Deutsche Bank, as investor relations at Vivo (Telefonica Brasil) and as a research analyst at Banco Votorantim.
- Holds an MBA from Columbia Business School in New York and a bachelor’s degree in Electrical Engineering from the University of São Paulo (USP). Has been a guest lecturer at leading universities and colleges in Brazil, including University of São Paulo (USP), Fundação Getúlio Vargas (FGV), ESPM and ESAMC.

Interviewer, Makiko Tachimori Fukui
President of Harmony Residence, Inc.

■What was the biggest turning point in your whole career?

The biggest turning point in my career was when I joined a small consulting firm in Brazil after graduating from Columbia University MBA program.  I received job offers from big firms after graduation including an offer from my previous work, which was a bank. But I did not choose such traditional career path and instead choose a start-up venture with only 30 people, an Investors Relations consulting firm which not many people would do.

■What was the background in making such unique decision? Why didn’t you choose a safe, stable, traditional career path?

I have chosen this small firm because I thought that I could learn and experience more in this firm. I have chosen to take the risk because I thought that if I would take on risks, I could gain more. I have learned from people’s negative experiences – I saw so many MBA graduates who took on traditional career paths, did not take the risks and became very disappointed about themselves. I learned from these people’s experiences that if you do not follow your true aspirations, you would be disappointed and eventually your career would fail.

■Following your true desire could be very difficult sometimes. Please tell us more how you became capable of following your true desire and succeed in your career.

When I first began my career in a bank it was already very challenging. I gave birth to my child during college and was a young mother. I was a mother, woman and just out of college and started working in a men-driven world, in a financial institution. I received a lot of criticism and questioning, such as “Why would you want to work when you are a mother?”, “How are you going to manage your career while raising a small child as a young mother?”. I believe that was the time when I started to build the base for my career. I wanted to succeed in both and learned not to hold back. Most women will hold back and compromise and will not follow their wishes.

I did not want to hold back because if you do so, you will not follow your true aspiration and eventually end up unhappy. I also wanted to show my child to believe in yourself and to follow what you think is right for yourself.

■Please tell us more on “How to discover what is right for you”.

I also did not know what was right for me in the beginning. However, if you keep moving forward, taking on risks and not holding back, you will always find a way to learn what is right for you. In my case, I will call this the “Elimination Process”. I first found out that I did not want to purse my career in engineering after graduating from an engineering degree, my first elimination point.  My first job at a bank taught me that I did not enjoy such work that is much repetitive or involves similar processes, my second elimination. Then gradually I learned that I enjoy project-oriented work where I can continuously face new challenges. You do not know what is right for you from the beginning and it is a long journey sometimes, it is a soul searching process because you have to be really honest with yourself – but you will not know until you go ahead and take risks.

■I understand experience and time is necessary to discover what is right for you and sometimes you have to experience a failure too. What did you learn when you failed?

Failing is not the end of the world. It is better to fail than to regret something that you did not try.

Even when you fail, you will always learn a lesson and in fact it will provide you a new important criteria about what is not right for you. Whenever I failed, I put that fact in my “What is Not right for me List” and narrowed down my list of “What is right for me”.  So my advice to women is “Do not hold back.”

“Do not be afraid of taking risks” and “Believe in yourself and keep on doing what is right for you.”

■Great advice to all women. Please tell us more about what you do when things are not working well.

When things are not working well it is time to start seeking more about yourself. You can’t always force a change in your surroundings such as how your parents think, about what society expects from you, etc. Everyone has their own opinion. It is easier to change yourself, how you think about yourself and your decisions. It is about you and not about others. Women need to think more of themselves rather than what the society thinks about you, your colleagues think about you and your parents think about you.

■You are such a positive thinker and therefore very successful. Please tell us some of your daily efforts to keep you positive.

I have two small things that I do continuously that helps me to keep my positive thinking.

One is that I try to do very slightly new things daily. For example, I am a coffee lover. Instead of trying a same type/brand of coffee every day, I try to find a slightly different new flavor or type of coffee. I keep this habit everyday so that I will not be holding back from trying new challenges.

Another thing is that – this could sound a little silly – but I try to do what I am uncomfortable once in a while. For example, I hate needles. What I do is to go out and donate blood every 3 months, so I put myself in an uncomfortable situation every now and then. Trying something uncomfortable will lead you to broaden your comfort zone and then make you less frightened of taking on new risks. This way I try to keep my positive thinking, nurturing my ‘I can do’ attitude.

Thank you very much for the great ideas and advice.

 

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【私のキャリアの転機と決断】~大手メーカーで技術職から経営企画職に転進~

~大手メーカーで技術職から経営企画職に転進~

◆桑江 曜子さん

大学を卒業後、大手メーカーに入社され、技術職を10年経てキャリアを積まれ、企画推進部長に転進し、ご活躍されました。現在は、一般社団法人チームスキル研究所の代表理事として、ご活躍されています。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

キャリアの転機は色々な場面でありましたが、30代後半に、技術系職から経営企画の職に異動したことが大きな転機となりました。異動は会社からの要請でしたが、社内の仕事のローテーションの中でも、全く畑が異なる技術職から経営企画職に職種を変えることになりましたので、大きな転機だったと思います。上司から技術系の仕事を続けるか、新しく企画系の仕事に転進するのか2択の提示をされて、企画系の仕事を選択したのは私でした。いきなり経営企画に異動したのではなく、まずは技術系の企画に移り、それから経営企画に移りましたので、ステップがありましたが、異動の決断までは1週間という短い時間で決断を下しました。

■決断に至るまでの「過程」が重要だというお話ですが、企画系へ転進するその決断は1週間でなさったとのことですが、そういう短時間で重大な決断ができるようになるためには、日々どのような行動を心がけていらっしゃったのでしょうか。

企業内でキャリアを積んで、会社に貢献して活躍するということは、芸術家ではありませんので、1つの専門職を追い求めるのではなく、知識を広く浅く持つことが重要だと思います。そういう意味では、広くアンテナを張り、専門以外のことでも勉強を継続していました。技術系でしたので、技術翻訳の勉強もしていましたし、MBA取得にも興味があり、経営学も学んでいました。

■広い視野をもって、広く浅く知識を持つことができるようになったきっかけなどはあるのでしょうか。

もともと性質的に広い思考で物事を考える傾向がありましたが、当時は近くにロールモデルがいなく、どうしたらよいのか日々模索していました。お手本となる先く者がいなかったからこそ、自ら広い視野をもつよう心がけて、結果的に広く浅く知識を身につけることの重要性に気づきました。

■模索されていた時に、男性の先輩や上司のキャリアは参考にされましたか?

もちろん技術の面では素晴らしい男性の大学の先生や会社の先輩が多くいました。男性の先輩や上司のキャリアは大いに参考になりましたが、それはあくまでも部分であって、全体ではありません。男性から生き方は学べませんので、キャリア女性の生き方という点では、本の中に出て来る海外の女性で活躍していた人をイメージしていました。

■例えば、どなたか海外で活躍されたキャリア女性で参考にされた方はいらっしゃいますか。

とても尊敬していたキャリア女性は、文化人類学者の「マーガレット・ミード」です。文化人類学を立ち上げ、未開の地に行ってジェンダー研究もされていました。その時代では有名な方で、自ら、自分の生き方その物を研究対象にした方です。雲の上のような人でしたが、こういう生き方ができたら素晴らしいと思っていました。

■普段多忙な中、専門以外のことを勉強することは大変だと思いますが、桑江さんのどのような気持ちがそういう行動に向かわせたのでしょうか。

それは非常にシンプルです。昔から、好奇心が強いので、見たことがないことや、触ったことがないこと、やったことがないことに対して取り敢えずアクションする癖がありました。

CQ(curiosity quotient)は多様化した社会の中で最近注目されている能力です。東京に住んでいる方へお伝えしたいのですが、東京はいろいろなことが学べる非常にレアな場所で、とても恵まれています。地方都市では学べないことも、土曜日や平日の夜など時間の都合をつければ沢山学ぶことができます。最近ではネットでも学べますが、Face to Faceで学べることを利用しないことは非常にもったいないと思います。地方都市でずっと育ってきた人にはチャンスがありませんでした。土曜日半日とか週一回でも学びの時間を取れば、とても素晴らしい先生が沢山のことを教えてくれます。せっかく東京にいながらそのチャンスを使わないのは自分で自分のアンテナの感度を落としていることになります。東京に住んでいる人はぜひ利用して欲しいと思います。

■なぜ技術職とは分野が異なるMBAにも興味を持たれたのでしょうか。

就職先を決める時に、大きな会社にするか、小さな会社にするか、またはベンチャーにするか悩んでいた時、数ヶ月の間に、大手企業の社長さんと、社長の座を競い合って企業を退いた方と、ベンチャーの社長さんと3名の企業トップの方々とお会いする機会がたまたまありました。そういう方々とお話をする中で、「仕事をすることの意義」と、「マネジメント」について非常に興味を持ったのです。その3名の中でもベンチャー企業の社長さんは大変パッションがあり、一番魅力的に思いました。大企業の社長さんは気配りの達人であり、仕事の大変さはベンチャー企業の社長さんとは全く違うこともわかりました。それ以来、「マネジメント」に興味をいただき始め、入社後も研究開発部内の「マネジメント」について常日頃考えるようになりました。

■広い視野を持ち続けるために、普段から努力されていることはどのようなことがありますか。

いろいろな世界に身を置いてみることだと思います。本を読み勉強するだけではなく、その世界に飛び込み、その世界の人が言っていることや、発言していることを直接聞くと、目に見えない常識やルールが見えてくるようになります。知識だけでなく、そういう部分を常に掴み取ったり、感じ取ることが、必要ではないでしょうか。

■これまでどのような世界に身を置いてこられましたか。

高度成長期の大手企業の製造業にいたので、良い経験が出来たと思っています。大企業には大企業なりの良いところと悩みがあるなと思います。全く別の世界も体験しようと思って、最近は、若い人たちの考え方にも興味をもち、渋谷のIT系のスタートアップ企業の方ともかかわっています。そうすると、大企業とは違う仕事の仕方、考え方がわかるようになります。悩みのジャンルは同じなのですが、悩んでいるポイントが全く違うことがわかり、自分にとってとても良い刺激になっています。

■他にもどのような異なる世界に身をおいていらっいますか。

趣味の一つがダイビングなのですが、海外のダイビングクルーズに乗ると、海外の様々な職種の方と昼間だけでなく夕食の時にもお話しでき非常に学びになります。趣味でも仕事でも海外で活躍するなり、プライベートでも海外に行くなどして、世界の動きを知ることは大事だと思います。他の国の情勢や、世の中の世界経済の動きを学ぶことです。どんな小さな仕事をしていても世界経済の影響は受けます。自分の足で世の中の動きを体感することが大事です。ビジネスで成功するためには、世の中の波に上手に乗ることが大事ではないでしょうか。

■チャレンジ精神もなく、流されている人も多くいると思いますが、どのようにすればチャレンジ精神を高めていけると思いますか。

ネガティブ思考ではなく、ポジティブ思考をするように自分自身をトレーニングすることが大事だと思います。「上手く行かなかったらどうしよう」という思考パターンだと、人間は負のスパイラルに陥ってしまいます。自己暗示にかけてでもポジティブサイクルが回るようにしていくことです。失敗しても、また再チャレンジすれば良いと思います。失敗から学び、そこから積み上げれば良く、諦めずチャレンジしつづけることが大事ではないでしょうか。

■いつからポジティブ思考が大事だと気づかれたのですか。また、ポジティブ思考が大事だと思われたきっかけは何でしょうか。

社会に出てからポジティブ思考が大事だと思いました。働くということは、対人関係の中で物事が進んでいく比率が多いので、正解がない社会で生きていくことだと思います。そういう意味では、正解がないので失敗という概念はないはずです。必然的に「チャレンジする」ことだけがあるのだと思います。

■キャリアアップを目指している後輩の女性たちへアドバイスをお願いします。

とにもかくにも行動しましょう!本を読むなどの勉強も必要ですが、アクションを起こさないと何も変わりません。

■会社の中にロールモデルがいないと言われている後輩女性たちへアドバイスをお願いします。

自分の会社にロールモデルがいなくても、企業間の勉強会に参加することにより、横のつながりで学び合いを深めることができます。昔より横の流動性が高くなっていますので、他の会社の中からでもロールモデルになるべく人財を見つけられると思います。ぜひ、企業間の勉強会に参加されると良いと思います。

自分から行動して常にアンテナを張り、ロールモデルをみつけることが重要ですね。

桑江さんの、キャリアに対する考え方や、組織の中で活躍することについての考え方は、後輩の女性達への大変素晴らしいメッセージになりました。

本日は大変貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~プロフェッショナルな人たちとの出会い~

◆高橋 真実さん

薬系大学を卒業後、外資系製薬会社にMRとしてご入社されたのち営業、マーケテイング部門で部長職を歴任、外資系会社の日本法人にて事業部を運営されました。その間、MBAやPhDを取得されており、現在は東京大学大学院で特任助教として新規事業のグローバルナーシングリサーチセンター設立のためにご尽力されていらっしゃいます。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

仕事に対する取り組み方を学んだことが今の私のキャリアに繋がっていると思います。元々の自身の考え方であるとか、人との出会いを通じて頂いた言葉や、遭遇した出来事、全てが色々な形で影響していると思います。特に、社会人となり、プロフェッショナルとして真剣に働く方々姿を見た時には、非常に心を打たれました。製薬会社のMRをしていた時に、医師から「土日は休みでいいよね」と言われたことがあります。担当直後で信頼関係も全くないところに、製品説明をし、適応の患者様への紹介を依頼したときに頂いた言葉でした。当時、企業は土日休みでしたが、多くの病院は土曜日にも外来がありました。勤務時間以外でも、緊急メッセージを受けた時に、プロとしての顔に切り替わる医療者の姿を見て、非常に心を打たれました。このような経験から、プロフェッショナルである医療者と仕事をするのであれば、自分もそれに見合うよう、同等、それ以上のレベルにならなければならないという想いが生まれました。メーカーとしては直接的に医療行為に携わることはできませんが、間接的に貢献できる方法をさぐり、それ以来、直接顧客の彼らが働く時は自分も一緒に働くという姿勢に変えました。その行動と仕事に対する真剣さが医師たちにも伝わり、自社品のシェアゼロから対象疾患への標準品として長くご愛顧いただけるようになりました。

■高橋さんには、もともと働く前から自らが大切にしている仕事に対する考え方や取り組みの姿勢があるとのことですが、それはどのような考え方ですか。

入社当時は、医療業界は男性社会でした。外資系でしたので男女平等と言われていましたが、現実的には「ガラスの天井」があったように思います。その頃から少しずつ世間では、女性ならではの視点を活かした働き方もあるのではと言われはじめましたが、私自身はもともと男性だから、女性だからという考え方が好きではなく「1人の人間として」という捉え方をしていました。しかし現実的には、男女が存在し、色々なところで区別、比較されます。従い、男性の職場であれば、私は男性のやり方でトップを目指したいと思っていました。そのためには従来の3倍~5倍努力する必要があったのかもしれませんが、2年目あたりから常時トップの成績を収めるようになりました。きっと追い込まれた状況もあったかと思います。女性MRの入社条件として薬剤師であることが必要でしたが、入社1年目のときは薬剤師の資格がありませんでしたので、周りから認めてもらうために、実力で示さねばと思っていました。

また、自身が努力したことについてPRすべきではないと幼少の頃より思っています。努力とは、あくまでプロセスであり結果ではありません。成果を創造することが大事だと思っています。水面下でどんなにもがいていても表では美しく優雅に見える白鳥が一種のお手本のような観念がありました。そして、結果が出る前に諦めてしまうのは失敗かもしれないですが、結果が出るまでやり通せば、それは失敗ではなく「成功までの道筋」になると思っています。

■後輩の女性たちへプロフェッショナルな働き方を目指すならば、どのようなことを大切にしていけばよいでしょうか。アドバイスをお願いします。

最初は漠然でも良いので、自分の目標を持つことだと思います。5年後、10年後にこうなりたいという長めの目標を持ち、その目標のために計画を立てることが大切と思います。人間は平等ですが、同じ環境下ではありません。生まれた環境も違い、進学する大学も違います。就職先でも希望した会社に就職し、希望する部署に配属されるかどうかもわかりません。しかし、その今ある事実を受け入れて楽しむことが重要ではないでしょうか。回り道かもしれませんが、いい経験になると思います。どんな仕事も本当にやりたいことの準備として、身につけなければいけない周辺の武器であると思います。現実的に、自分の希望が叶うことは少ないと思いますので、無い物ねだりをしたり、くじけたりするのではなく、今後の自身に必要なものだから今経験しているという考え方で、楽しむことができればと思います。

また、個の成長だけではなく、チーム全体の成功にも目を向けるようになると、それが、個の更なる成長に役立つと思います。私が外資系の会社へ就職したのは、自分自身がしっかりやるべきことをやっていれば他人に影響されることなく評価してもらえるはずと思ったからですが、実際には、目標額は毎年増加し部署単位割り振られたものが個人レベルに落ちてきました。そのうちに、どんなにスーパーな個人でも永続的に対前年比200%、300%を続けることは不可能、でも全員で毎年対前年比110%、120%は可能なのではと考えるようになり、成功例、良いと思うことは、何でもシェアすることにしました。一朝一夕にはいきませんでしたが、仲間全員がやる気を出して、組織として成果を出さなければ継続的な成功はないということを身をもって学びました。共通の認識、共通の目標、Win-Winの関係を構築していくことが大切だと思います。

■苦しいときに、愚痴を言わず、状況を受け入れて楽しむには強い精神力が必要だと思いますが、普段どのように気持ちの切り替えをされているのでしょうか?

愚痴を言っても何の解決にもなりませんし、状況の言い訳をするのは自身の指導力のなさを露呈していることだと思います。特別な指示を必要としない人もいますが、そうではない人を育て伸ばしていくのが管理職の役割だと思います。

■愚痴を言わない、他人のせいにしないという姿勢はいつ頃からでしょうか。

そうですね。中学の時に、親友に受験に対しての不安な気持ちを漏らしたのですが、「真実ちゃんが駄目だったらみんな駄目なんだよ。それはイヤミでしかないよ」と親友から言われました。学年トップの成績だったので、実際、その通りだったのだと思います。素直に気持ちを出すと、傷つく人もいるし、面白くないと思う人もいる。心を許した相手であっても気持ちをそのまま口に出すことは良くないこともあると学びました。また、仕事において抱えている悩みは、同じ立場、役割を経験した人でないと中身の理解は難しく、解決策を得られることは少ないと思います。勿論、苦しんでいること、助けたいとの気持ちは十二分に頂けると思いますが、相談をされた方もどのようにアドバイスをしたらよいかわからないと思いますので、その方をも困らせてしまうと思うからです。

■仕事を楽しむというプラスの気持ちに切り替えるコツはありますか。

楽しいとは定義の問題だと思います。ゲームで言うと、最初のステージから、徐々に難しいステージをクリアしていくプロセスが楽しいと私は感じます。例えばステージ5をクリアできるようになった頃に、またステージ1から始めることになった時の状況は、手技としては簡単ですが楽しさを感じないと思います。仕事も似たようなものだと言えます。少し苦しくても達成することができて、それを振り返っていろいろ思える瞬間に、仕事の楽しさが実感できます。ですので、少し負荷がないと人間は楽しくないのではと思います。スポーツも同じですよね。だから人は記録に挑戦していくのだと思います。

■高橋さんがおっしゃる通り、本当の幸福感は、大変なことをクリアしていくプロセスの中で、感じるものですね。最後に、女性だからこそ直面している壁を乗り越えるためのアドバイスをお願いします。

今、国策として女性登用推進されていますので、いろんなキャリアの機会は増えてくるとおもいます。そこには、目指す職へのチャンスも含まれていると思います。見えない壁はあると思いますが、男性でも女性でも、自然体でいることが大事ではないでしょうか。認めてもらえないのは、受け入れられていない状況だと思いますので、友達になるにはどうしたらよいか、同僚が顧客だったらどうするのかを考えるのも1つだと思います。周りから身内だと思ってもらえたら、理解してもらえる確率はあがると思います。また、対立している状況だと、自分では意識していなくても身構えてしまいがちです。その状態は、空気のように伝染し、悪循環となりますので、あまり意識しすぎないことも大切ではないでしょうか。女性のキャリアに関して、よく身近に目標となるロールモデルがいない、見つからないとの話を耳にしますが、そのような時は、「誰もいなければ自身がそのロールモデルとなって切り開けばいい」のではと思います。また、理想の先人がいなくても、諸先輩のこの部分、あの部分といった、いいところを選択して参考にされることをお勧めいたします。

 

たくさんいいお話をお聞かせいただきましてありがとうございます。困難にぶつかっている女性たちへ素晴らしいアドバイスだと思います。どうもありがとうございました。

 

※尚、このインタビューは、2016年12月に行ったものであり、記事の内容は取材当時のものです。

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【私のキャリアの転機と決断】~大企業からベンチャーへ、そしてベトナムのNGOで働くきっかけになったもの~

◆木村 歩美さん

大手外資金融会社通算5年程ご勤務の後、国内ベンチャー企業へ転職。退職後、NGOのベトナムでの勤務を経て、現在、独立行政法人国際協力機構JICAミャンマー事務所で、Project Formulation Adviserとしてご活躍中の木村さんです。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

今までのキャリア人生で一番大きな転機は何だったでしょうか?

私の場合、重要な転機は2つあります。まず1つは、大企業で働いていましたが、給与が低いベンチャーに転職しこと。そして、2つ目はそのベンチャーの経営方針が変わり、退職を余儀なくされ退職。そして、給与はなくとも自分の経験にプラスになると思い、ベトナムに行く決心をしたことです。2つ目の転機の方が私にとって重要な転機になりました。

■1つ目の転機の、グローバルでマルチナショナルな大企業からベンチャーへの転職ですが、なぜそのような決断をしたのか教えてください。

大企業にいた5年間は、自分を活かせる環境ではありませんでした。仕事の内容も、職場の人の価値観も自分とは違っていました。そのことをずっと悩んでいましたが、自分を活かすことができ、尚且つ興味があることをやろうと決断しました。

その決断をするために、どのような行動を取られたのでしょうか?

自分から積極的に情報を集めるようにしました。自分でも調べたり、ネットワークを広げ、色々業界の違う人たちとも積極的に会うようにしました。とにかく、多くの人に相談しました。

■大企業に入って自分の興味と違うと感じても、転職に踏み切れず、現状のまま仕事を続ける人がたくさんいます。木村さんがベンチャーに転職する決断の後押しになったことは何かありますでしょうか。

自分の性質・性格だと思います。1人であることの身軽さもあり、30歳までにやりたいことを全部やりたいと思っていました。子供の頃から人と違うことをしてきたことも影響しています。中高一貫校の私立に進みましたが、わざわざ高校受験をしたり、一旦入学した大学を退学し、他の大学を受験し直したりしました。そのたびに、胃がキリキリするほど悩みましたが、自分のやりたいことを我慢するより、直感的に行動し、やりたいことを大切にしたいと思いました。人と違うことをすることは、自分にとってプラスになりましたので、違うことをすることへのハードルは低いと思います。ただ、何か新しいことを始める時には、情報収集を欠かさずやりました。

もう1つの転機である、ベトナムのNGOでの勤務を決断した時のことを教えてください。

日課となっているベトナム民族衣装の写真

日本のベンチャーで、日本企業相手に仕事をしていても、楽しくはありませんでした。仕事でベトナムに出張した時、大学時代に旅行した東南アジアが急激に発展していることにワクワクしたのを覚えています。ベンチャーを退職せざるを得ない状況になり、企業で働いていた自分に何ができるだろうと考えた時、やはり、アジアでまだまだ不十分な教育分野をやりたいと思いました。タイミングよくNGOのベンチャーで、アジアで人の教育をする人財を必要としているいう話があり、お金がもらえなくても、この仕事が自分にとってプラスになると思い、ベトナムに行く決心をしました。将来の保証はありませんが、人と違うことをすることで、その経験を次に結びつけていこうと思ったのです。

■木村さんはキャリアの差別化を早くから意識されていて、やってみたら凄くプラスになったという成功談が豊富ですね。後輩女性が今後良い決断をする上で、1番重要だと思うことを1つアドバイスをお願いします。

直感を大切にしたら良いと思います。直感は経験に裏付けされているからです。

その直感力を高めるためにどのようなことを普段していますか。

日々、「すごいなあ」と思う人と沢山会うように努めています。良い例を多く見て、いろいろな違いが有ることを学べば、自分の視野も直感力も高まると思います。

最後に良い決断をするために、もう1つアドバイスがあればお願いします。

通常はできないことも、例外は必ずあると思います。その例外を自分で情報収集して探し出せば、道を切り拓くことができます。そして、やりたいことがあるのなら、その前に多少のリスクを取り、まず行動してみる。そしてその経験を売り込み、次に繋げられるようにすれば、自分のやりたいことができるようになると思います。

 

自分のやりたいことを切り拓くためには、リスクを取ることが必要です。取ったリスクを将来に結びつけるという覚悟と努力をすることが、自分のやりたい仕事をするための成功の秘訣だということですね。

木村さん、大変貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~大手製薬会社を退職し、中東へ自分から行ったこと~

◆茨田 ひとみさん

大手外資系コンサルティング会社から総合商社へ、そして製薬会社でもキャリアを積まれた後、中東の海外企業でもキャリアを積まれました。現在は千葉県庁で、日本へ進出する外国企業への営業・アドバイザリー業務でご活躍されています。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)福井 真紀子

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

33歳までは日本の大手企業で働いていましたが、小さい頃から海外で働きたいという思いがあったので、退職を決断し、自分で海外に行ったことです。海外で勤務したいという思いは、就職してからずっと思っていましたので10年くらい考えていました。会社に入社したら男性と同じだけチャンスが与えられると思っていましたが、そうではありませんでした。10年くらい日本で働いてみて、男性でないと海外転勤は無理だということがわかりましたので、会社を退職して自分で海外に行くことにしました。

■海外に行くためにどのような準備をしていましたか。

小さい頃から海外に行きたい思いがあったので、英語についてはずっと準備をしていました。すぐ海外で英語でビジネスができるように勉強を継続していましたので、TOEICは850点を超えていました。会社にも、海外で仕事ができる実力をアピールしていましたが、女性にはチャンスなく、自分で行く決心をしました。

■自分で海外にいくためにどのようなことを準備しましたか。

ビジネスで使える英語力をつけるために、英字新聞を読んでいました。当初は英語がネイティブであるニューヨークやロンドンなどの英語圏で働きたいと思いましたが、日本にいて海外経験がないとなかなか就職が難しいことがわかり、語学留学をしながら就職活動をしようと思っていました。会社を辞めてその準備をしていたところ、英語圏ではありませんが、知り合いから中東で働いてみないかと声がかかり、中東に行くことにしたのです。

■知り合いが声を掛けてくださったということですが、普段からいろいろな人に自分がやりたいことを伝えてアンテナを張っていたのですか。

そうです。中学3年生の時に先生から、「自分のやりたいことは、人に何と言われようとも迷わずに手を挙げなさい」とアドバイスをもらったのですが、それ以来、そのことを実行しています。今も、海外で働きたいことは誰にでも言っていますので、現在の職場の人達はもちろん、仲の良い友達のほとんどが知っています。常日頃から自分のやりたいことを周囲に表明しています。

■英語圏ではなく、文化の違う中東で働くことは勇気がいることだと思いますが、中東行きをバックアップしたものは何ですか。

イラク戦争の後でもあり、危険だと勘違いされている地域でした。情報が入ってこない中で不安はありましたが、海外で働きたい思いは小さい時からでしたので、中東行きに迷いはありませんでした。お話を頂いて面談をして、1週間後には現地に入りました。英語圏ではありませんでしたが、将来的に、中東の勤務の経験が英語圏で働くための次に繋がるステップアップになると思いました。

■今現在はどのようなお仕事をされているのですか

公務員として県庁で働いていますが、海外出張や海外転勤が非常に狭き門となっています。しかも、私は海外から戻ってきた人間ですので、さらに海外転勤のチャンスが低い状況です。それでも、上司には海外で働きたいことを言い続けていますし、海外勤務の希望を出し続けています。どこにチャンスがあるかわからないので、ダメでも良いからというくらいの気持ちで言い続けています。

■海外勤務が終わり日本へ帰国し、県庁勤務へとキャリアチェンジしたきっかけは何ですか。

両親が高齢であったため、一度日本へ戻りたいと思ったことがきっかけです。また、ちょうど中東の会社も清算になりましたので、いい機会だと思いました。

■日本でご勤務されている中で、海外勤務の情報収集はどのようにしていますか。

海外勤務のお話は積極的に聞くようにしています。また、仕事で転職サイトを見ることが多いのですが、企業の海外進出の情報も得るようにしています。自分から積極的に応募はしていないのですが、アンテナを張っているおかげで、周りから情報が入ってきます。

■茨田さんは小さいときからの思いがあるので、迷いがありませんが、キャリアについて迷われている後輩の女性たちへ決断をするにあたってのアドバイスをお願いします。

私も、現在の職場の安定的で待遇が良いため、この職場を捨ててまで海外へ行くことに対して悩むところではあります。その時は、将来やらなかったことで後悔しないのかどうかを考えるようにしています。迷われる方は、待遇面で迷うことが多いと思うのですが、人生の重要な決断において、待遇面と自分の夢を天秤に掛けて、後悔しないのはどちらかと考えたら良いと思います。よく考えて現職に留まることにしたのであれば、新しい職場への夢はきっぱりと捨て、今の職場の良いところに感謝し全力を尽くしていくのも一つの道だと思います。

■安全性や給与、そして待遇面がなかなか捨てられない人たちへアドバイスはありますか。

働き口が無くなった時に、転職できる力を身につけておくことが重要だと思います不安を払拭するためには、自分自身が納得できるレベルまで努力することが必要です。

■転職できる力とはズバリ何でしょうか。

人格的能力と、実務的能力の2つだと思います。人格能力については、企業により求められるものが違うのであまりアドバイスができません。実務的能力については、自分がやりたい方向性が決まったら、身につけなければいけないスキルや資格がはっきりすると思いますので、それをどんどん極めていくことだと思います。中途半端の勉強では意味がありません。その分野を極めるとは、例えば「簿記」ならば、2級を目指すのではなく、1級を目指すということです。

■資格の他に、普段の仕事の中で実力をつけるために努力されていることは何ですか。

営業で日々、様々な業界の方と話をしますので、ある程度のことが理解できるように、新聞を4~5紙読んでいます。慣れてくるとタイトルを読むだけで、自分にとって必要かそうでないかがわかるようになりますので、1時間くらいで読むことができます。携帯で日経新聞を読むことが出来ますし、会社で取っている新聞をスキマ時間に読んでいます。

■その他、仕事の面で、日々極めようと努力していることはありますか。

いろいろなところから情報が集まってくると、その情報の組み合わせにより、自然と新しいアイディアが浮かんでくると思います。そこで普通の人だったら迷いが出て、動けないこともあると思いますが、私の場合は、行動することに迷いがなく、結果がだめでも、だめということを知るためにも、問い合わせをしたりして、行動に移すようにしています。

■迷わず結論を探していきたいという性格は小さい時からですか。

小さいときから何でも知りたがり屋で、そのままにしておくことはしません。好奇心が旺盛でした。それと、できるかできないかと迷っている時間が無駄だと思っています。できるなら行動に移せばいいし、できないという結論が出たのであれば、他の方法を探すのかあきらめるのか、一歩進んだ観点から考えることができるようになります。多くのアイデアが実現に至らないのですが、自分の能力や現状ではできないことを知ることも楽しいですし、その中から1つでも成功させることができたらさらに楽しくなります。

■なぜ、迷わずブレない自分を貫くことが出来るのでしょうか。

自分を信じているからです。自分を信じて努力していたら、次々と希望に沿うお話が舞い込むようになってきたので、自然とそう考えるようになりました。出来るか出来ないかは自分が決めることであって、他人が出来ないことは自分も出来ないということにはなりません。そのように考えるようになったのは、UAEで勤務している時に、日本人では誰も成功していなかったイスラム圏であるUAEへのアルコールの輸出入に成功したからです。いろいろな人から無理だと言われ、現地の事情が分かっていないからそのような無謀なことを考えるのだと馬鹿にされたこともありました。ですが、「ヨーロッパのアルコールがUAE国内に出回っているのだから、日本から輸出できないはずはない、方法は必ずある。」と考えていたら、次々に協力者が現れ、構想を練り始めてからわずか2-3か月後には成功してしまいました。

■行動を取る時は、どのくらいの時間考えていますか。

行動するときには同じ日に決断するのではなく、よく考えてから行動します。考えついてから半年間寝かしていることもあります。その期間にアンテナを張り続けていると、情報が集まってくるので、その情報から行動をするかどうか判断することもあります。また、仕事以外の時間も、いろいろな物を見ながら、常に仕事のことを考えています。仕事を楽しんでいると思います。

■茨田さんは仕事の範囲を限定せず、また、自分がしたいことが明確なので、仕事をやらされている感がありません。仕事に対する考え方が違うのだと思いますが、先が見えなくて詰まってしまっている女性達にアドバイスをお願いします。

転機したいと思っているということは、現状詰まっている状態だと思います。私自身もここ(現職場)ではこれ以上成長しないと感じたから転職してきました。私は転職については成長して手に入れた新しい能力を活かす場所というようないいイメージしかないのですが、日本人は悪いイメージを持たれる方が多いと思います。ただ、新しい環境をさがしつつも、今いる場所でできることはすべてやりきってから去りたいですね。今の場所で何も出来ない人は、新しい環境に移っても何もこなすことが出来ないと思っているので、今の場所で一番になったら、記録を打ち立てたら、新しい環境へ移る時が来たのだと考えています。面白いことに、転職したかったのに、現職場で努力していたら希望の仕事が舞い込み、結局転職を取りやめたこともあります。大切なことは、将来に向けてアンテナを張り続けながらも、今の環境で自分ができる最大の努力をすることをとおして最大限に学びきる、いま与えられているチャンスを無駄にしないことだと思います。

■仕事を楽しんでいない人たちもいますが、仕事を楽しいと思えるようなアドバイスはありますか。

人のせいにすることはしないようにしています。人のせいにしていると成長しないですし、人の意見や態度に振り回されると、相手の出方次第で自分の行動や精神状態がぶれるようになってしまいます。人がどうかではなく、自分はどうなのかどうしたいのかというスタンスに頭を切り替えるよう努力しています。そういうスタンスでいると、人からいい情報をもらえることが増えてきます。

■後輩の女性達に、キャリアについてアドバイスを一言お願いします。

人に何と言われようと、自分のやりたいことには自分から手を挙げることを続けてください。

 

中学校の時の先生の言葉ですね。忘れないで実行し続けていることが、茨田さんのブレない人生になっていると思います。素晴らしいメッセージをどうもありがとうございます。茨田さんのような体験をしている人はとても少ないですので、出来ないことはないという大変参考になるお話でした。茨田さん、本日は大変貴重なお話をどうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~経営者を目指すため、10年勤務した大手企業を退職~

◆味岡 優子さん

大学を卒業後、IT関連会社に就職しましたが、3年後に結婚退職。常勤の仕事にはつかず、子育て・家庭を優先していましたが、10年後に仕事復帰。ベンチャー企業の正社員、大手IT関連企業の派遣社員・正社員としてキャリアを積んだ後、ITコンサルティング会社へ転職、現在はITコンサルタントとして独立されていらっしゃいます。

プライベートでは登山を趣味とし、最近ではアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂しました。

インタビュアー:
ハーモニーレジデンス代表取締役
日月(たちもり)(福井(ふくい)) 真紀子(まきこ)

■今までのキャリア人生で一番の大きな転機は何だったでしょうか?

数年前になりますが、大手IT関連企業を退職し、少数精鋭のITコンサルタント会社に転職したことです。大手IT関連企業では10年近くキャリアを積み、最終的には管理職にもなっていましたが、私にはさらにできるだけ経営に近いところで仕事をし、いずれは経営者になりたい、1000万プレイヤーになりたい、という2つの目標がありました。通常であれば、安泰である大手IT関連企業に定年まで勤務することを選択すると思いますが、そこでは自分の目標は達成できないと思いましたので、目標の実現が可能な会社へ転職することを決断しました。その時の年齢は49歳でした。退職した企業は55歳で役職定年でしたし、当時はグループ内での組織統合があり、多くの重要なポジションには本社出身者が就いていましたので、子会社出身の自分には、チャンスがなく、努力次第でどうにかなる問題ではないと思われました。たしか部長職を務める女性もいなかったと思います。
その後、転職した会社できっかけを得て独立することができましたので、決断してよかったと思っています。

■重大な決断を下す時には、どのようなことを大切にされていますか。

まず、ネットや書籍、対話等で徹底的に情報収集します。その上で目的を達成するために最善なことは何か考えます。仮に前例がなくても、自分が目指していることであれば、リスクを背負ってでもそれを選択します。自分を信じて前に進むようにしています。

■リスクを背負って、自分を信じて前に進むという行動パターンは、いつ位から行うようになったのですか。

最初からではなく、キャリアを積んでいくうちに次第にそのような考え方をするようになりました。子育てから復職した後、ベンチャー企業の正社員を経て転職した大手IT関連企業ですが、実は最初は派遣社員でした。ベンチャー企業では、長期間勤務し続けたらそこでしか働けない人間になってしまうのではないか、という危機感がありました。だからと言って、ブランクが長く年齢の割に経験の少なかった私にとって、大手企業の正社員はハードルが高いという状況でした。敢えて派遣社員として再スタートすることで、不安定というリスクを負ってでも自分の市場価値を維持し、さらに高めるきっかけを作りたいと思いました。

■一般的にリスクを負いたくないという人が多い中で、味岡さんがリスクを負っていけるようになった経緯を教えてください。

復職したベンチャー企業で成果を出せたこと、評価をしてもらえたことが仕事への自信に繋がったのだと思います。自分の目指す方向に進むためには、できることだけをしていてもだめだ、自分を守るだけではなく、リスクを負うことも大切だと思うようになりました。

■一歩ずつ着実に経験を積まれたということですね。成果を出して、評価をしてもらうためにはさまざまな努力をされたと思いますが、味岡さんはどのようなことを努力されたのでしょうか。

当時は子育て支援の制度が今ほど充実していませんでした。ですが、子供がいるからといって勤務時間を制限して早く帰ることはしませんでした。IT業界ということもあり、結果を出し、認めてもらうためには、男性と同じように残業もし、人一倍努力する必要がありました。子供が幼少の頃は高い費用を払って無認可の保育所に預けていましたし、ある程度成長してからは毎朝5時に起き、子供のための夕食を作ってから出勤していました。

■子育てをしながら残業も行うことはとても大変だと思います。諦めたくなることもあったのではないでしょうか。そんな中、どのように苦労を乗り越えてこられたのでしょうか。

仕事の位置づけについての考え方だと思います。人生において最も長く、多くの時間を仕事に費やさなくてはいけません。それなら、一歩ずつでもきちんとした仕事をしたいと思ってきました。もちろん、辛いことはありましたが、だからといって諦めようとは思いませんでした。努力すれば結果はついてくると信じていました。シングルマザーでしたので、生活を安定させるためにも仕事は必要でしたが、生活のために仕方なく仕事をするのではなく、楽しく、意味のあるものにしたい、という思いがありました。

■味岡さんにとって、リスクを負うことは何を意味しますか。

責任を持つことだと思います。自分で決断したことですので、結果も含めて自分で責任を負うことだと思います。実際にそのように思うと、意識が集中して、結果に繋がってくると思います。新しい仕事をするときに、リスクを負って、責任を持つことが、成し遂げるぞという原動力になっています。実際に仕事の現場においても、組織をマネジメントする場面では非常に重要な考え方となります。

■2つの目標に向かって、安定したポジションから外に飛び出すには勇気と決断が必要だったと思いますが、そこに至るまでにどのような行動を取られましたか。

本を沢山読みました。悩んで、苦労していた頃から本を買い、経営や自己啓発、仕事関連のものを読んでいました。約10年間で300冊くらいは読んだと思います。「鏡の法則」「自分の小さな箱から脱出する方法」などが特に印象に残っています。他には、セミナーや勉強会に積極的に参加していました。スピーチを通してリーダーシップを学ぶトーストマスターズクラブという団体に参加して9年になりますがそこでは素晴らしい経営者の方々とも出会い、とてもいい刺激を受けました。

■味岡さんは行動したことにより、経営者との出会いがあり、経営者になりたいという目標が芽生えてきたのですね。49歳のときには、2つの目標がありましたが、目標がない時期や、悩んでいた時期はありますか。

仕事のブランクがあった時期や、仕事を再開した頃はそこまでの目標はありませんでした。

■行動することで、目標が明確になってきたのですね。

その通りです。私は昔から行動するタイプです。どんなことも、可能性はゼロではありません。ただ、行動しないと可能性はゼロのままです。行動することが私のモットーです。

■最後に、後輩の女性に対してキャリアを築いていくためのアドバイスをお願いします。

女性はまだまだ職場の中で活躍できるチャンスが少ないと思いますが、女性の強みは、男性がわからない苦労をしていることで、忍耐力があったり、女性ならではの気遣いができることだと思います。気遣いができるということは、職場でもかゆいところに手が届いたり、周りとのコミュニケーションが上手くいったり、いろいろなことへのアプローチに繋がっていくと思います。そういった女性ならではの強みを活かし、自信を持って頑張って欲しいと思います。

 

女性ならではの強みを職場で活かせるチャンスが沢山あるということですね。

本日は、素晴らしいお話を沢山お聞かせいただきまして、どうもありがとうございました。

 

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【私のキャリアの転機と決断】~アカデミアからビジネスへ~

◆Ms. Vicki L. Beyer

Currently Employment Counsel for Japan, Senior Manager at Accenture Japan, Ltd., Tokyo Japan, formerly Executive Director, Legal and Compliance Division at Morgan Stanley, Tokyo Japan for 14 years, Associate Professor and Director, Law School Program in Japan at Temple University, Japan Campus for 6 years and Assistant Professor of Law at Bond University School of Law, Gold Coast, QLD, Australia for 5 years.

Interviewer, Makiko Tachimori Fukui
President of Harmony Residence, Inc.

■Please tell us about your most dynamic career change, which was from Academia to Corporate?

The most dynamic career change in my life was when I moved to the Legal and Compliance Division at Morgan Stanley from the academic position I had at the Law School Program of Temple University, Japan.

I joined Temple University as an Associate Professor of Law and Director of the Law School Program which was like being a Dean. The job was heavily administrative and management type of work rather than pure academic work.

I was very excited by the role, but gradually I felt that I did not have enough time for search work and as time goes by I started to feel my Professional Growth was stagnating. Professional Growth is a very important factor to me in my career. I felt that I could not continue to grow in this position and luckily when I was feeling it was Time for a Change, I was offered a position at Morgan Stanley, as COO of the legal department, a job where I was able to contribute my administrative and organizational problem solving skills and also at the same time develop my skills as a corporate lawyer.

■Making a career change especially to a totally different field is always very challenging and not many people can successfully achieve this as you have. What kind of efforts were you making in order to seize such great opportunities?

I always tried hard to do my current job well. That is to say thatI worked hard and tried my best on whatever work I had in front of me. I had to teach myself a lot. This is very important, because, for example, if I got bored or felt stuck at my work and if I put less effort, it would make the situation worse for me. It would become a negative spiral. That is why I always try my best no matter what the situation is, and even if I didn’t particularly care for the work.

In Japan, sometimes many people lose track of this approach because Japanese people often regard stability as the most important value. If you emphasize it too much, you don’t take positive actions and keep standing still. Standing still means that you are going backwards even when you don’t realize that others are moving forward. I think this is very dangerous and again my advice is to always ask yourself, “Am I growing enough? Am I learning from this?” And always keep moving forward and trying my best.

■It is truly a great advice. What else do you put efforts in to seize the great opportunities?

I try to talk to as many people as possible about my ambitions and get their thoughts. I also put efforts into communicating with people positively, showing that I am happy but could be happier and that I am always looking for more challenging new opportunities.

How you communicate about yourself is very important. You don’t want to send out messages that you are an unhappy person. Never say that you are unhappy at your current work. A good message is to express that you like your job but also that you are ready to take on new challenges and present your current skills. This way you will be considered as a dynamic person who is happy and willing to keep challenging. This is the type of person most companies would like to hire. This also applies not only to outside of the company but within your company when you are looking for another opportunity.

■Never be an unhappy person but be a happier person is a great advice. Please tell us more about what we should keep in mind when communicating with our bosses about our career.

In regards to challenging new opportunities, women tend to be less aggressive, often passively waiting until somebody offers them a new chance. This is not often the way to seize great chances. Men are more aggressive and express this attitude by saying, “What’s next?” to their bosses. Bosses like to hear that their people are willing to take on new challenges. Unless you communicate this openly, no one will notice your feelings. You will not get the chances unless you express your feeling. My advice to a lot of women is to go out and express your willingness and eagerness about your career, never stand still and keep waiting for somebody to ask you anything.

■I agree very much with you about this going forward attitude. Please tell us one more efforts you put to seize the great opportunities.

In addition to being a happier person and communicating to the outside world,I worked hard to improve my communication skills by joining a Toast Masters Club. I learned so many valuable communication skills through this club and I regret that I didn’t do it 20 years ago. You don’t realize how valuable these communication skills are in your work, until you start learning these skills and using them

■Thank you very much for your great advice. Lastly please tell us about your parents and what you learned from them.

My parents, particularly my father always said to me, “You can do anything you want to and achieve anything you wish. There is nothing that a man can do that a woman can’t do.” I am grateful that my parents brought me up this way. I truly believe in this and wish more and more Japanese women will also shift their thinking this way and take on new challenges.

 

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